秋が終わりかけるその晩も、ジェシーはクリスチャンを手伝って、バーの奥でグラスを拭いていた。小柄な身体に大きな腹をした彼女の身体を気遣い、クリスチャンは上で休んでいろと言ったのだが、彼女はきかなかった。
だが、彼の方が正しかった。大きくなった腹は下方への視界を遮ること甚だしい。うっかりと木の床の溝に足を取られた彼女は、バランスを崩し、洗い場から食器棚へと運んでいたグラスを次々と落としてしまった。物が割れる音を聞きつけたバーの主が奥へ駆け込むと、すでに少女は大きな破片で手指をざっくりと切ってしまっていた。
クリスチャンは布を当てて血を止めようとしたが、それを制して、ジェシーは己の傷口を男の唇に押し当てた。微かにその舌先が、大きく裂けて血を滴らせる傷に触れた。
驚いたように目を見開き、口元を赤く染める男に、ジェシーはニッコリと笑って言った。
「やっと、あたしの血を味わってくれたわね」
こうして、彼女の願いはやっと叶えられたのだ。吸血鬼に血を吸われたいという願いは。
それに対しては無言で、クリスチャンは口元を拭うとジェシーの指にしっかりと包帯を巻き付けた。ジェシーも今度は大人しく巻かれていた。一口だけでも十分だった。彼が、吸血鬼が自分の血の記憶を永劫に留めてくれさえすれば。彼女は長い前髪の奥で、ひっそりと微笑んだ。
（了）
クリッシー＆ジェシーネタ。クリッシーにも、せめて一口くらいは彼女の血を味わってもらいたいと思いまして。
2007年8月24日