ナッシングは、夕暮れ時のカフェ・ドゥ・モンドでカフェオレを啜りながら、街を眺めていた。彼は五十年前の一時、同じように過ごしたことを思い出していた。この街は、五十年前と何も変わっていないかのようだった。
行き交う人々も、人目を惹く大道芸人達も、物見高い観光客も―全てあの日、彼が初めて生まれ故郷に戻って来た日の光景と重なって見えた。この店の様子も、そしてこのコーヒーの味もあの時と全く変わらないかの様だった。
土手を上って行けば、彼の母が眠る川が彼を迎えてくれることをナッシングは知っていた。永い時を経て、彼はまたこの故郷に戻ってきたのだ。
そろそろ、ねぐらと車を止める場所を確保したトウィッグが戻ってくる頃だろう。この街では車一つ停めるのも一苦労なのだった。そうしたら、三人でこの街の夜を楽しみに繰り出そう。五十年前には果たせなかった、約束された宴の中に飛び込もう。今度こそ、彼は故郷に滞在するつもりだった。怪しまれずにいられる限りは。
隣席の罵り声に物思いを妨げられ、ナッシングはカップから顔を上げた。隣では甘党の仲間が、この店の出す唯一の食事メニューである四角いドーナツを頬張ろうとして、山のように振りかけた粉砂糖を盛大に黒いシャツにぶちまけていた。
「この馬鹿」
ナッシングは笑って、脂じみた黒いシャツの胸の部分をはたいてやった。モロカイは口の周りを白くしたまま、照れをごまかすように笑った。笑いとは裏腹に、その目は餓えていた。その餓えは、ベニエで満たされる種類のもでないことが見て取れた。丁度良かった。ナッシングも、同じ餓えを感じていたところだった。
フレンチ・クォーターの子ども達の血は、どんな酒よりも熱く、砂糖よりも甘いことだろう。二人は期待に顔を見合わせ、暗く微笑んだ。
（了）
ＬＳ人気投票でモロカイ＆トウィッグとナッシングがワンツーフィニッシュした記念に、成人ナッシングと仲間達のお話。…大変遅くなって申し訳ない。
2007年6月8日