「ねえ君、写真のモデルになってくれないか？」
媚びるような、あやすような男の声に話しかけられ、ザックは素早く振り向いた。それは彼が夕暮れ時のジャクソン広場で、ぼんやりと今夜の相手を物色している時のことだった。
振り向くとそこには、長い金髪の背の高い男が立っていた。いかにも高価そうな黒い服をまとった、細身の白人男性。その姿に彼は、少し見覚えがある気がした。これまで彼はその男とは話したことはなかったが、どんな人物か耳にしたことはあった。
ザックは思い出した。確か、ジェイ・バーンとか言う、嫌な噂だらけの金持ち一家が誇る放蕩息子だ。彼がよく目にしたのは、広場で少年を買っている姿や、酒場で次々と杯を重ねている姿だった。男はいつも、快楽のために金―それを得るために指一本動かしたわけでもない金―を惜しげもなくばらまいていたと彼は記憶していた。
外見的魅力を並以上に持ち、気前が良く、一晩の遊び相手としては申し分のない相手。しかし、何を考えているか分からない、おおよそ親しい関係にはなりたくない気味の悪い人物。これまでの情報から、ザックは瞬時に相手をそう値踏みした。
また、その台詞から、相手が自分に期待していることも直ぐさま読み取った。この男は確か、ここら辺一帯を根城にしている少年専門の同性愛者で、金に釣られた若者達のヌード写真を撮る趣味があるのだった。こうして今彼が話しかけられているように、この男が黒をまとった少年達を誘っているのを、ザックは何度か目にしたことがあった。そして実際にモデルとなったという、友人の話を耳にしたこともあった。
そうとなれば今、この相手はザックの小作りな顔立ちや細い身体に魅力を感じ、写真におさめて保存したいと願っているのだろう。その妄想の中で彼を従わせ、支配するために。その発想は決して愉快ではなかったが、そう要求する男達の存在は珍しくなかった。そして彼自身、その要求に応えたことも一度ではなかった。
あるいは、写真撮影以上のことも要求されるかもしれない。この男は、男娼としての彼の評判も知っているかもしれなかった。それなら話は早い。収入を得る以上に彼自身も楽しめるに違いない、と相手の薄緑の目を見ながら思った。この澄ました男がザックの男性器を、どんな顔をして吸うか見物だった。
ザックにとってそれは、何度もやってきたこと、日常の一部だった。相手に尊敬の念を抱かない限り、それは何の問題もなかった。その意味では、この男はその心配のない、うってつけの相手と言えた。
「いいよ、いくらくれる？」
ザックは上客を迎えるための、極上の笑顔で答えた。
今晩の寝床は暖かそうだし、ごちそうや薬、高収入が望め、肉体的快楽も期待できる。別段金に困ってはいなかったが、特に断る理由もなかった。たとえ、男の金に飽かせた尊大さに、早くも吐き気を催しそうになっていても。
彼は目の前の礼儀正しい男を、金を吐き出すための生きた革の財布の様にしか思わなかったが、相手も彼に肉体的魅力以上の物を認めず、写真映えのするマネキン程度にしか捉えていないのだろうから、お互い様だった。どちらも、相手の魂など問題にしていなかった。
「よかった。立ち話もなんだし、続きはむこうでしない？」
男の提案を受け、広場の向かいに建っている伝統ある喫茶店に、彼らは腕を組んで連れ立って行った。大事な商談の続きをするために。
その白いテーブル上で、泡立つコーヒーを挟んで取りざたされる内容は、少年に与えられる限りの愉悦と、男がうなるほど所持する高額紙幣の等価交換であり、それ以上は一切何も―愛情も親しみも温もりも―期待してはならない。彼も、誘いかけの成就に唇に笑みを乗せる男も、そんなことは百も承知なのだ。
（了）
ECとDBのクロスオーバーで、テーマは「ザックとジェイが遭ってたらどんな感じか」。とても漠然。ん、でもザック、ECにほんの少しとはいえ出ている（トランの浮気相手として）ので、クロスオーバーじゃないですかね。まあいいや。
身体売るのに慣れっこ＆どうでもいい相手としか性的な接触ができない美少年のザックと、そんな少年を買うのが趣味のジェイということで、性的な関係になっても、あくまでビジネス上のドライな関係ではなかろーかと考え、こうなりました。一応時代設定は、それぞれの作品の数年前…ザック＝十代後半、ジェイ＝二十代半ば頃とこれまた漠然と設定。
一見、ジェイについていくザックがものすごく危機一髪のようですが、彼は地元ッコなので安全かと思われます。ジェイは単にザックの写真が撮りたかっただけなのです。その意味でも、互いの闇の部分への深入りもゼロの関係かと。
2006年10月2日