うだるように暑い昼間に、ジェイは台所に立って簡単な昼食を作っていた。さして食欲はなかったが、何かは口に入れなければと思ったのだ。パンとレタスを大雑把に切って、サンドウィッチの用意は調った。後は……。ジェイは冷蔵庫を開けて肉の載った皿を取り出し、ラップを外して臭いを嗅いでみた。……これはもうダメだな。彼の鼻はそう判断した。この地の暑熱は、時に冷蔵庫すら役立たずにしてしまう。
仕方がない、新しい肉を切り出してこよう。そう決めた彼は、ナイフと皿を持って寝室に入った。そこには、彼の犠牲者が、口を塞がれ縛りつけられていた。物を詰められた口からはすすり泣きがひっきりなしに漏れている。
「何をそんなに嘆いているんだい？」
ジェイはベッドの端に腰をかけ、涙を拭った。そしてその手に口づけた。途端に悲鳴が上がった。その腕は生きながらにして肉を剥ぎ取られ、骨が剥き出しになっていた。
「僕は君の願いを叶えてあげているのに」
ジェイはこの犠牲者を、川縁から拾ってきたのだ。生に飽いて死の安楽を望み、川に飛び込もうとしていた儚げな少年を。そう、黒をまとい、暗い目をした彼は美しかった。澱んだ河で意地汚いワニに食べさせるのはもったいないほどに。
だから、彼がこうして暑い季節の糧食として活用しているのだ。この季節、死んだ肉はあっという間に腐ってしまう。生命が最良の防腐剤であることを、ジェイはよく理解していた。死を願う少年を生きたまま切り刻むのは、何も残酷さのためではない。それは熱帯の地を暮らす人肉愛好家の生活の知恵にすぎなかった。新鮮な肉を採取し続けるための。
昼食のために、ナイフで犠牲者の太股から薄く肉をそぎ取りながら――決して大きな血管は傷つけないように丁寧に――ジェイは尋ねた。
「死は、君が夢見ていたほど甘美かい？」
詰め物の奥でひときわ高い悲鳴が聞こえ、より哀れっぽいすすり泣きが続いた。返事が返ってこなくてもジェイは気にしなかった。元々、口を塞いでる相手に返事は期待していないのだし。ジェイは薄くそいだ肉を、生のままパンに挟んで、できたサンドウィッチを食べ始めた。自分の肉が食われている様をどう見ているのか、犠牲者の泣き声は止まなかった。
その当人の肉の切れ端を口の端に垂らしながら、ジェイは笑顔で尋ねた。
「これでもまだ君は、死は安楽だと言えるかい？」
その姿に、犠牲者は畏怖したように目を見開いたものの、すぐに顔を背けて激しく泣き出した。ジェイは肉を啜りあげてよく噛んだ。採取したばかりの、限りなく新鮮な肉は、ひどくしこしこして腥かった。血を抜いていないから当然ではあるが。味の点でいえば、新鮮ならいいというものでもなかった。
しかし、この犠牲者の肉でしばらくは食いつなげるだろう。買い物や狩りにでるのも物憂い暑中に、ともかく新鮮な肉を確保できるのはありがたかった。腕、太股、尻とめぼしい肉を取ったら、次は内臓を抜き取る番だった。その時こそが、この苦しみに満ちた生の終わる時だ。それはそう遠いことではないはずだった。サンドウィッチを食べ終えたジェイは、手を払い口を拭って、ベッドに横たわる相手に優しく語りかけた。
「もう少し待っていてね、君の望みを叶えてあげるから」
またしても犠牲者は答えなかった。しかし、彼がそれを歓迎しているのは疑いなかった。全身の肉を削がれて血を流す弱々しい姿を見下ろし、ジェイはなぜだか優しい気持ちになった。
「君の命は無駄なんかじゃない、僕の中で生き続けるんだ…それに、君の肉は美味しいもの」
それが、己の生を無みする哀しい少年に彼からかけられる、唯一最大の慰めの言葉だった。
（了）
自殺志願者とジェイが遭ったらどうなるか？という思いつきと、あの大きい冷蔵庫入れる前の夏は、腐りやすい肉をどう保存してたんだろう、という疑問などがない交ぜになってこんな話になりました。生体解剖＆生体食に挑戦しつつも、ポピーＺ御大に叶うべくもなく。でも満足です。
2007年9月13日