マルディグラには、ニューオーリンズの大体どこの家庭でもキングスケーキを食べる。キングスケーキとは、マルディグラの祝いに食べる紫・緑・黄のデコレーションをされたケーキで、中にコインや赤子のキリストの人形が入っており、それを引き当てた者に幸運が訪れるというものだ。それがこの祭りにおける、この街での長く変わらない風習だった。
ジェイの家庭も例外ではなかった。成長してからは不参加を決め込むようになったジェイも、幼い頃は親戚の集まりに参加させられてこの極彩色のケーキを食べたものだった。そして、ジェイは幼い頃からこのキングスケーキで当たりを引いたことが一度もなかった。
そんな祝い事に参加した回数自体が決して多くはないのだから仕方がないとはいえ、当った親戚の子どもの主役然とした得意げな様や、周囲がそれを持ち上げ、祝福する様を見ているだけなのはいかにも残念だった。そう、彼はケーキで当った子どもが羨ましかったのだ。例え彼らが、来年のケーキを用意しなくてはならないとしても。
しかし実際に彼がそれを引き当てたところで、コインを得ても特に嬉しくもないだろうし、周りからの空疎な褒めそやしも苛立たしいばかりであろうことは、今の彼には分っていた。それでも、幸運を得ることや宴の主役となるのは、彼のぼんやりとした夢ではあった。どちらも、彼の人生に欠けているように思えるのだ。幸運も主役であることも。
だから今、パーティーに招待されることのない彼は、マルディグラの夜に一人でケーキを切り分け、食べているのだ。彼の寝室で。それも、デコレーションはお馴染みの三色ではなく、赤一色な肉のケーキを。彼は今日のケーキ―祭りを目当てに観光にやってきたという若い男―の胸から股までを真一文字に切り開き、裂かれた腹に手を突っ込んでぐしゃぐしゃと内臓をかき分けていた。
彼のための当たりはないと分っていながらも、ジェイは今でもケーキの中の宝物を探さずにはいられなかった。このケーキの中身はぬるぬる、どろどろとしていてひどく生臭かったが彼は気にしなかった。手一杯に臓物を掴み取り、引っ張り出して力任せに千切ってベッド状にぶちまけた。それは熟れた果実のように豊潤で、宝石のように煌びやかな眺めだった。
今思い出すとキングスケーキは取り立てて美味というものでもなかったが、このケーキの中身の美味さは折り紙付きだった。ジェイはそのことをよく知っていた。
その中の一つ、小さな臓器にかぶりついたジェイは、歯に固い物が当るのに気づいて口を離した。ペッと吐き出すと、何か小さな固い物が転げ出て来て、コロンと床に落ちた。不思議に思ったジェイはそれを拾い上げ、まじまじと眺めた。それは白っぽく、小石のように見えた。恐らく結石か何かだろう。不思議な作用により、人体が生み出す謎めいた石だった。
ただの結石といえばそれまでだ。だがジェイの目には、この石が彼のための王様のコインか、小さなキリストに映った。こんなところに彼のための当たりがあったとは。もっと早く三色のケーキでなしに、肉のケーキを探していれば良かったのかもしれない。しかしジェイは、ようやく出会えたことが純粋に嬉しかった。誰も祝福してはくれないけれど、彼は気にしなかった。
今宵の宴の主役は彼なのだ。この宝物は彼にどんな幸運を運んでくれるのだろう？外で上がる三色の花火に照らされながら、ジェイはケーキの残骸にまみれて、子どものように有頂天になった。
（了）
マルディグラのお祝いのケーキとジェイたん。ECSS30本目達成。
2007年8月17日