国を二つに分けての大きな戦が終わって間もなく、疲弊を隠せない南部の港町に、人々を活気づかせる一つのイベントが起こった。惨たらしい殺人事件を起こした、悪名高い連続猟奇殺人者の公開処刑は、血と復讐を求める民衆には格好の気晴らしだった。
そんな物見高い群衆の中を、一人のみすぼらしい男が引き立てられてよろめき歩いていく。もう二度と後戻りできない一本道、絞首台への道を。男の名はジョナサン・デグルポワンと言った。彼は、スワンプ地帯で少年を十五人殺害した罪で、死の罰を受けに行く途上だった。
彼は群衆の罵り声や金切り声を、余所事のように聞きながら歩いていた。この暑苦しい湿地帯を飛び交う羽虫の音か何かのように。実際、それらの声は、何も彼と関係はなかった。彼が殺した少年達の遺族の悪罵も、彼自身の妹の泣き言すらも、彼には何の意味もなかった。
彼にとっては、自身の裁判すらも茶番だった。彼は自身の犯行について何も証言しないままに、己に下される判決をただ受け入れた。彼は何を言うべきだったのだろう？少年達を切り刻む絶頂感、あの至福の瞬間を語るべきだったのか？しかし、どうして少年の内臓を生で食す快楽を、他人と分かち合えるというのか？生きのいい少年達を生あるままに捌き、その苦悶を眺める愉悦に、一体誰が共感しよう？
誰も分かりはしないのだ。正直に語れば語るほどに、人々は彼を狂人だと見なすに決まっていた。しかし彼は狂ってはいなかった。狂った人間が、どうして発覚することなく十五人もの人間を殺しながら暮し続けていけるというのか？ただ、彼にとっては魚漁が生業で、人間狩りが趣味と言うだけのことだった。彼を分かってくれるとすれば、それは彼に切り裂かれた少年達ぐらいのものだろうが、あいにく皆死んでしまった。
今この場に、彼を知る者はいなかった。広場に集った群れを見回したところで、ただの一人として。しかしいつかこの地に、もしかしたら彼の一族に、彼の胸の内を、殺しの恍惚を知る者が現れる。そんな予言めいた思いが突然彼の中に去来した。それならば、大量殺戮の秘密を脳に秘めたまま死ぬのも悪くは無さそうだった。
終末への階段を上ろうとした時、腰のベルトからいつも使っていた狩猟用のナイフが滑り落ち、彼が来た道に転がっていったような気がした。もちろん死に向かう死刑囚が凶器を持たされているはずはなく、いまわの際に見せられた幻覚に過ぎないのだろう。彼は後ろを振り返らずに階段を上りきり、役人が首に縄をかけるのを待っていた。
そう、彼が少年達を解体した、馴染みのナイフが今ここにあるはずはないのだ。だから、落ちた彼のナイフを何者かの、白く細い指をした手が拾い上げたように見えたのも、彼の見間違いに決まっていた。そう思っている間にも、閉じていた床が貪欲な口を開けた。
（了）
こうして、ジョナサンなんとかさんの魂は、子孫のジェイたんに受け継がれました、というお話でした。この時代のアメリカ南部の死刑って絞首刑でいいのかなーと疑問に思うも調べる気力がＺＺＺ。
ネット上でジェイとアンドリューのどっちがよりタチが悪いかを語り合っている所を発見して読んでみたら、ジェイを弁護する文脈で「しょうがないよ、だって殺人鬼の遺伝子持ってんだもん！」と主張している人がいて、我驚愕。
え、ジェイの先祖に殺人鬼がいるってのは、そのために彼の一族が冷たい目で見られ、ジェイの孤独に拍車をかけまくってたという意味で重要なのであって、別に殺人鬼の遺伝子を持ってたからジェイが殺人に走ったわけではないと思ってましたが違うのかー。だって遺伝子と言ったら、ジェイのママもそのお兄さんもその子どもも持ってるけど、人殺ししてないよなあ。うーん。
ちなみにその話し合いは、満場一致で「アンドリューの方がタチ悪ぃ」でした。曰く、「奴は自分がやってることの意味も、罪深さも分かっててやっている」「普通に生活する力があるのに殺人に走るあたりが悪質」「だからといって医者でも治療できそうもないあたりが最凶」とのこと。ジェイについては「あの生まれ、育ちじゃー殺人するか自分が死ぬかしかないだろ…」「社会不適応すぎて、殺人しかやることないんじゃ？」「つーか自分がやってることの罪深さを、本当の意味では分かってないっぽいぞ？」「良い精神科医にかかって治療受ければ、いつか真人間になれたんでは？」などと、歪んだ原因を生育環境に求めて同情する声多数多数多数。美人は得ですなぁ（違）。
2007年6月29日