いつもの夜のように二人で眠っていたある真夜中、ジェイはふと目を覚ました。そして、カーテンの隙間から漏れる月明かりの下、隣で寝入っているアンドリューの横顔を見た。安心しきって、穏やかな寝息をたてている無防備な寝顔。
その顔を見て、ジェイはふと、自分には彼を殺すこともできることを思い出した。このまま首を絞めることも、濡れた布を顔にかぶせることも簡単なことだった。もちろん、彼を失うことなど耐えられそうもなかった。この安らかな寝顔が見られなくなるなんて。
しかし、司法や病魔に彼を奪われるくらいなら、自分が手を下した方がまだ諦めがつくというものではないか？それでも、彼はアンドリューにできる限りは生きていて欲しかった。アンドリューを生かしたいが、殺しもしたい思いがある。彼はすっかり混乱していた。
アンドリューは他の少年達とは違う、ずっとそばにいてくれる存在のはずだった。しかし、それも絶対と言えるのだろうか？もし、彼が自分に愛想を尽かすようなことになったら？そうなったら自分の世界は壊れ、今度こそ生きてはいられないだろうとジェイは恐れた。そうだとしても、不意の運命の力によって壊されるよりは、自分で壊した方がまだ、心の準備ができるというものではないか？
そして、アンドリューを蝕む病原菌を思った。それは重篤な病であることを、彼は漠然とした知識ながら知っていた。警察の手から逃げ延びたとして、アンドリューの余命はあと何年ほどなのだろう？五年、いや二、三年くらいか？このまま大過なく日々を経れば、重くなる病に苦しみ、衰え、死にゆくアンドリューを看取らねばならないだろう。
愛する者が弱っていく様を見守る勇気が、果たして自分にあるだろうか？ジェイは自信がなかった。父も母も病院に放り込んで、知らぬ顔を決め込んできた彼には。アンドリューもそれを望むだろうか？プライドの高い彼が、病み衰えながら生きることを望むだろうか？力ある、美しい今のうちに殺すことこそ、アンドリューのためになるのではないか？それこそが正しい恋人の遇し方である予感がした。
ジェイの手がある決意をもって動き、アンドリューの喉に触れた。震える手の下で、アンドリューがうっすらとその目を開いた。そして彼に尋ねた。
「…何だ…？」
ジェイは驚きに、こう答えるのがやっとのことだった。
「…何でもない。寝顔を見てただけ」
「…そう」
短く答えると、アンドリューは再び眠りに落ちていった。背中に汗をかき、心臓を激しく鳴らせているジェイを残して。
気をそがれたジェイは、しばしぼんやりとした後、再びベッドに入り、今さっき甘い殺意を抱いていた恋人に身を寄せた。すると無意識の動きか、アンドリューの腕が身体に巻き付けられ、ぴったりと抱き寄せられた。驚くジェイの耳に、いや全身に、アンドリューの心音が響いた。力強い、命のドラムの音が。
その音と共に、自分を包む身体の温かさに、ジェイは涙が出そうになった。この音、この温もりを失いたくない―彼の願いはただそれだけだった。そのために当の恋人を殺すことを考えねばならないとは、何と因果な性分だろう。
まだまだ、アンドリューを生かすべきかどうかという葛藤が解消されたわけではなく、問題は当面、棚上げにされたと言うところだった。しかしその夜は珍しく素面だったにも関わらず、ジェイはよく眠ることができた。彼の胸の内も知らずに眠る、恋人の腕の中で。
（了）
作中ではアンドリューが「ジェイを殺そうと思えばいつでも殺せる」ってなことを言ってましたが、それを言うならジェイにだってアンドリューを殺すチャンスは山ほどあるよなあ、と思いまして。それこそ、料理に何か入れるとか。
幸いにしてジェイはアンドリューにラブラブだからアンドリューは無事でしたが、ジェイの心中にこの作品のような葛藤が全くなかったと言えるでしょうかね？
2007年6月27日