ジャクソン広場に佇むジェイがまず思ったのは、なぜ月がこんなに明るいのかということだった。月は聖ルイス大聖堂にのしかからんばかりになって地上を照らしていた。ジェイはその眩しさに、思わず目を細めた。
ジェイはつい先程まで自分を取り巻いていた光景―血でいっぱいの奴隷小屋、自分に覆い被さるルーク―がいつの間にか消え失せ、自分が広場の入り口に立っていることを、不思議とも何とも思わなかった。全裸で血にまみれていたはずの自分が、黒い上等なジャケットを身につけ、清潔な身なりをしていることすらも。
ジェイは、然るべき時に自分がここに来ることが以前から分かっていたような気がした。なぜなら、クォーターは彼のものであり、こここそはクォーターの偉大なる中心地なのだから。
夜の広場ではいつものように、サックスのもの悲しい音色や酔っぱらいの歌声が聞こえてきた。ジェイは深呼吸した。そうすると、今夜クォーターで行われている全ての宴や乱痴気騒ぎのエッセンスが吸い込めるような気がしたのだ。彼は常にそれらの傍らにぽつんと存在し続けていた。そしてこれからもあり続けることだろう。永遠に。
ジェイは広場を離れ、川沿いを歩こうと思った。特に理由はなかった。なんとはなしに、行きたくなったのだ。あの大河こそは、汚れも罪も死も何もかも呑み込む、大いなる流れなのだから。これまでの彼なら、高価な服を着て夜の川沿いを歩くなどという危険は避けるところだったが、もう彼は強盗のことなど気にかけなかった。彼には、もう自分が死ぬことはないと分かっていた。
彼は嬉しかった。もう何処へ行って何をしようと、完全に自由なのだ。もう何者も彼を脅かすことはできず、もはや彼の姿を見て顔をしかめる者も、舌打ちする者もいないのだ。何も恐れる必要もなく、そして自分の存在が人を不愉快にすることなく外出できるとは、なんとすばらしいことだろう！
彼はこのまま、永遠にクォーターの栄光を見て回ることだってできるのだ。夜毎の祝宴も、密やかな会合も何もかも。これまで見られなかった物事や人々を見られることを思えば、もう狩りができないことなど何でもなかった。それらの全てに飽いたなら……そうしたら、その時に次はどうすべきか考えようと思った。彼はもう、小心翼々と計算するのはうんざりだった。
軽い足取りで川に向かおうとすると、背後で足音が聞こえた。素早く振り向いたジェイの前にいたのは、いつかのように少し驚いた顔をしたトランだった。彼は黒いＴシャツとスパッツを身につけて、木の陰に佇んでいた。
「君か。僕に何の用だ？」
ジェイはいぶかしげに眉をひそめた。あのような出来事―自分に生きたまま引き裂かれた―の後で、自分に何の用だろうか？
「あんたを待ってたんだよ。一緒にレイヴパーティに行かないかと思ってさ」
トランは少し緊張した笑顔で誘った。わずかに頬を紅潮させたその表情に、悪意は見出せなかった。
ジェイは首を振ってから、髪をかき上げた。
「前に言わなかったかい？人前でラリるのは好きじゃないんだ」
トランは肯いて答えた。
「うん分かってるよ。でも今夜のは本当にイカすパーティなんだ」
そしてうつむき、スニーカーの先に目を落としてから顔を上げ、じっとジェイの目を見た。
「僕はあんたと行きたいんだよ」
トランはジェイに向かって、かすかに震える手を差しのべた。ジェイは一瞬目を閉じて月を仰ぎ、目の裏一杯に光を浴びてからトランに目を注いだ。その目は曇りなく、しかし不安と期待に揺らめいていた。
「そうだね、たまにはいいかな」
ジェイはトランの手を取って、軽く握った。
「そうこなくっちゃ。皆待ってるよ」
彼の答えに、トランは満面の、そしてうっとりするような笑顔を見せた。ジェイはそれに、ぎごちない、しかし偽りのない笑みで応えた。
月明かりの下、二人は指を絡ませあいながら歩調を合わせ、ゆっくりと歩き出した。終わりのない天上のパーティ会場に向かって。そこには恐らく、ジェイの少年達もいることだろう。そして彼らは永遠に愛を交わしあい続ける。ジェイの物になった時から、ずっと彼らはジェイがやってくるのを待ち焦がれていたのだ。
（了）
ジェイ×トランで死後ネタ。
死んだキャラの道行ネタに弱いんです。『から○りサーカス』でコロンビーヌの「この豚赤ちゃん ママの元へ帰る」に大泣きしましたから。
殺戮しまくったジェイがこんな穏やかな死後でいいのかつー声も出て来そうですが、どんな罪も死によって清められると、女神（と書いて「アテナ」と読む）もおっしゃってることですし。ダメか。
例によって、エピローグをジェイ×トランの成就と読む当方なので、死後もその方向で、こんな感じになりました。幸せになれよー…死んでるけど。
2007年5月10日