煌びやかな居間に通された彼は、勧められたソファに腰掛け落ち着き無く辺りを見回した。彼にとってその色彩と輝きに満ちた内装は、ここが別世界、いや天上界であるかのように見せるに十分だった。もう何週間もストリートを彷徨い、捨て犬のような生活をしてきた彼にとっては。
友人もまた、この部屋に通され、同じように驚き、息を呑んだのだろうか。彼は絢爛さに圧倒されながらもそう思わずにいられなかった。彼は行方不明となった友人の消息を訪ねて、この屋敷を訪れたのだった。
果たして、良いニュースを受け取ってここを出ることはできるだろうか？彼は期待と不安半ばする思いでソファに浅く腰をかけたまま、彼を招じ入れてから奥に引っ込んだままの主人を待っていた。することもなく、見回すのにも飽きた彼は、出された濃いコーヒーを啜った。
彼とその友人に、特筆すべき物語はなかった。ただ、親の庇護の元何処までも続くかに見える日常に飽いて、刺激を求めて家を出て、ニューオーリンズを目指して共に放浪してきた少年達というだけのことだった。そして、ここしばらく、二人は共に餓え、困窮してクォーターを彷徨っていたのだった。それは実によくある話だった。
しかし、その旅を共にしてきた友人がいなくなってしまったというのは、彼にとって大いなる悲劇だった。友人は彼の前から姿を消してしまった。金髪の男性―この家の主人に誘われ、連れて行かれた夕暮れからぷっつりと。彼は尋ね回る日々を重ね、この、門にパイナップルの飾りが付いた屋敷にたどり着き、友の行方を尋ねるためにその主を訪問したのだった。
その主人は今、見るからに餓えきった彼のために、簡単な食事の準備をしているところだった。彼は友人の消息さえ教えてもらえればすぐに退出すると固辞したのだが、そう言っている間にも腹の虫を盛大に鳴かせているのでは、説得力は全くなかった。主人は、自分も丁度遅い昼食をとるところだったのだから気にするなと言い残し、調理場に消えた。待っている彼の鼻に台所から漂う芳ばしい香りが届き、更に大きな腹の虫の悲鳴が聞こえた。
彼が振る舞われたのは、豪勢な肉料理とたっぷりとしたパンだった。どれも、もうしばらく味わっていない物ばかりだった。友人のことが心配で喉を通らないのではと心配したが、食欲は正直であった。特に、肉は厚みがあるが柔らかく、噛むたびに肉汁が湧き出るようで、何とも言えず美味であった。彼は礼儀正しくしようと苦心しながらも、皿まで舐めつくす勢いで出された食事を貪った。
主人はそんな彼の様子を穏やかに眺めながら、話を聞く余裕ができた頃を見計らって、彼の友人について思い出したことを語ってくれた。金と引き替えに友人の写真を撮ったこと、そして食事と入浴と一晩の休息を与えたことを。しかし、と主人は残念そうに告げた。次の日の午後に友人は出て行き、それ以降のことは自分には分からないと。次の行き先も自分に告げては行かなかった、とも付け加えた。
その話しぶりは冷静で、怪しさや不審さを感じさせる物はなかった。友人を連れて行った金髪の青年について尋ね回る日々の間に、彼はこの男に関する悪い噂を耳に入れたことはあったが、それらとも縁の薄い人物であるように彼の目には映った。少なくとも彼は、情報を教えるだけでなく歓待してくれた、その親切さに深く感謝を覚えた。
結局、友人の消息はつかめなかったことに、彼の心は沈んだ。唯一の手がかりであったこの家に主人から得られたのがこの情報では、これからどう探すべきかも分からなかった。しかし、友人が元気なことがわかっただけでも収穫と言えるかも知れない。友人もまた、このような歓待を受けたのだろう。それはありがたいことだと彼は思った。気づくと彼は、出された料理をすっかり平らげていた。
彼は主人の厚意に感謝して、今日のところは退出しようとした。しかし、それはできなかった。休息かつ猛烈な眠気が彼に襲いかかってきたためだった。彼は首を支えていることができず、テーブルに突っ伏した。彼の耳に、主人の声が遠くから聞こえるように入ってきた。
「…本当は、君の友達はここから出て行ってなんかいないんだ」
それは本当だろうか？何故、主人は友人はいないと、嘘をついたのだろう？
「彼はずっと僕と、そして今では君とも一緒にいるんだよ」
それは一体、どういう意味なのだろうか？自分と一緒にいるとは？
「さっきからそこにいるのに気づかないのかい？」
それは言葉としては聞こえていても、もう彼にはその意味を理解することはできなかった。最後に耳にしたのは、主人の嬉しそうな声だった。
「心配はいらない、またすぐに会わせてあげるよ。僕の中でね」
そして、彼の意識は暗闇に陥った。
（了）
「肉の婚姻」に続き、「食人鬼の体内で一体化」話第二弾。今度はＥＣのジェイで。
それに、第三者が知らずに人肉食べちゃった！という衝撃感もプラスしまして。作中の、トランが人肉食べちゃってること発覚に、当方は悶えまくりましたので。しかも探し求めている当人の。
童話「かちかち山」の、お爺さんがお婆さんの肉食べちゃったシーン（バージョンにより削除されてるやも）に、何とも言えない衝撃を覚えた幼心などを思い出してもらえると、この話も成功したといえるかも知れません。
2007年3月10日