溢れる収集物で混雑し、不潔さすら漂わせ出した自室を見まわしては、ジャスティンは思案にくれていた。彼の、広くはない借家を更に狭くしている雑多な所持品について、ここしばらく彼は頭を悩ませていた。
一般の人間であればそれは、溜まった新聞や雑誌、手紙や書類、古くなった衣服などであろう。そしてそれは、プライバシーに配慮する必要はあるものも、当人が決意さえすれば普通にゴミに出してしまえる物である。
しかし彼にとっての勘案の内容とは、溜まった人骨―特に乾いた頭蓋骨や、冷凍した人体の一部の数々であった。所持者が捨てることを決意したからといって、おいそれとそのままゴミに出すわけにはいかないことぐらい、彼にも判っていた。
これらの犠牲者の形見を捨てることは、彼としても哀しく、酷く心が痛むことだった。何しろ、これは彼と若者達の、束の間の愛を記録する、数少ないよすがなのだから。とは言っても、この身が健在であればそれで十分であるとも言えた。彼の身体こそが、かつて若者達が生きた証でもあるのだ。それも儚く、頼りない物ではあったが。
それでも彼には、その全てを捨ててしまうことはできなかった。若者達との愛の思い出を喚起し、甘美な記憶を蘇生させるために、幾ばくかは残しておく必要があった。彼は、膨大な遺留品の中から取っておく似相応しい物を選ばなければならなかった。
それでは、その対象をどうやって選べばいいのだろうか？そもそも、愛の対象とはどのように選ばれるべきなのだろうか？その造形の美しさか？それが物語る、生前の持ち主との思い出か？彼は眉を寄せて考え込んだ。
彼はしばし悩んだ末、懸案のコレクションを片っ端から捨て始めた。具体的には、まず、目につく頭蓋骨からハンマーで砕いて回り始めた。そして人体の一部を刻み、フードプロセッサーにかけ出した。
彼には、愛でるに相応しい一品を自分の力で選ぶことができなかった。それらはどれも、それぞれに美しく、それぞれに思い出深いが故に。美しさも思い出深さも、比較などしようがないように彼には思えた。きっとどれを選んでも、選ばなかった物を惜しみ、自分の選択を後悔すると分かり切っていた。
いくら考えても答えは見出せなかった。思考は拡散するばかりで、収拾がつきそうもなかった。だから彼は、答えを無作為と運と偶然に委ねることにした。目についた物を手当たり次第に破壊して、残った頭骨一つを愛することに決め込んだ。仕方がなかった。
相応しい物を選んで愛するとすれば、それを選ぶ過程には多くの競合が生じてしまう。どれもが自分が相応しいと魅力を振りまき、声のない囁きで誘うこのような場合は特に。また、それらの中から何かを選んだ後にもそれは残るだろう―本当は別の物の方が相応しかったのでは？と。だから、彼は、彼を誘わない物―彼の目につかなかった物を愛することにした。
人為で選べば葛藤が生じる。しかし天命が運んだ、唯一残った物を愛するならば、例えそれが当初は相応しさに欠けていようと、次第に彼の愛に相応しくなることだろう。彼はその一つのために、全ての美しい話を作り上げるつもりだった。彼とその持ち主との愛の物語は、いくらも捏造が可能なはずだった。その屍が言葉を発し、彼の押しつける物語に反論しない限りは。
そのためには、ジャスティン本人の記憶も改竄する必要があったが、元々彼の記憶力は客観的事実よりも、彼自身の願望に忠実であった。今回も喜んで、様々な挿話を織り込んだ、たった一つの甘い子守歌を紡ぎ、歌いかけてくれるに違いない。
そうやって自分自身を巧妙に欺きながら、ジャスティンは犠牲者の屍を粉砕して回った。すでに粉砕された人体の一部たちだけでなく、骨たちも、ある程度粉々になったらフードプロセッサーにかけて粉末にし、土に埋めてしまえばいい。塵から生まれた彼らが塵に返るまで、思えば長い道のりだった。
そして奇妙なことに、男性器を切り刻み、頭骨を叩き壊す度に、その持ち主にまつわる記憶が、一夜の思い出から肉体の味に至るまで、蒸発するようにジャスティンの脳から溶け消えていった。これは彼には新たな発見であった。
どれもこれも捨て難く、大事に思えた思い出とその形見も、形が無くなればそれと共に記憶からきれいに消去されてしまうことを、彼はこの体験から学んでいた。必要欠くべからざるように思えた記憶が失われ行くことで、彼の内部に大した傷は生じないことも。むしろ彼は記憶の重責から解放されたような、晴れ晴れとした気分にすらなっていた。
この瞬間まで、自身の行動に怯えを感じていた彼は安堵し、自分に対して微笑んだ。これでようやく、彼は生活を立て直すことが出来る。空間も広々としたことだし、家をきれいに掃除して、屍に群がっていた蝿や悪臭を吹き払い、新たな客を呼ぶことも。彼は空間的にも、精神的にも屍達から解放されたのだ。
そして、こうして二重に解放されたのは、ジャスティンだけではなかった。ジャスティンの犠牲者達もようやく解放されたのだ。今まで彼らを繋ぎ留めていた、二つの桎梏から。保存された屍という、最後の肉体の枷と、殺人者の記憶という、屈辱的な鳥籠から。今や彼らを縛る物は何もなかった。
彼らの肉体は土に還り、その存在の記憶は、殺人者の追想の及ばない、向こう岸へと渡り、彼らは彼岸で真に自由となったのだ。
ただし、それはジャスティンの肉と化した、一部の若者達以外に限ってのことだったが。
（了）
｢Self-Made Man」話第二弾。殺人者と遺留品と思い出の話。当初はジェイで考えましたが、豪邸住まいのジェイに形見の処分は、そう切実な問題ではないかと思い直し、アパート暮らしのジャスティンに。
確かに、あまりとっておくと生活に困りそうですし。おちおち人を呼べやしない。呼ばないか。そんな時に、遺留品をどうやって選別→処分するのかなーと想像してみたところこんなことに。行き当たりばったりもイイトコロです。しかし被害者の優劣を比べさせるのもどうかと。
2006年12月9日