冷たい秋風の吹く夕暮れ時、クリスチャンはいつものように帽子にサングラス姿で薔薇を刈っていた。ジラー達は獲物を求めて出かけて行ってしまった。彼自身も餓えていたが、こんな田舎町で、以前ニューオーリンズでしていたような狩りができるとも思えなかった。
ぼんやりとした空腹感を抱えながら薔薇に鋏を入れていると、にわかに強い風が吹き付け、クリスチャンの帽子を吹き飛ばしてしまった。クリスチャンはとっさに、長い腕をのばして帽子をつかもうとしたが無駄だった。ほんのわずかの差で届かず、帽子は花畑の向こうへするりと逃げるように舞い、トレーラーハウスの陰まで飛んで行ってしまった。
しばらく待って風がやんでから、クリスチャンはトレーラーハウスまで歩いて行って帽子を拾おうとした。だが彼は身をかがめて帽子を拾う必要はなかった。家の前では一人の黒ずくめの少年が、彼の帽子を手にして立っていた。
クリスチャンはこの少年に見覚えがあるような気がした。ナッシングと同じくらいか、もう少し幼い、薄い色の茶髪の少年。彼が働いている酒場で酒をねだっては、店主のキンジーにコーラを渡されている姿を何度か見たかもしれない。いや、それ以上に彼自身も、店主には内緒で酒をこっそり横流しするようせがまれたのを無視してきた少年かもしれなかった。記憶が定かでないのはそんな子供は彼一人だけではないためだった。未成年に酒を出すことにキンジーは厳しかったし、職を失いたくないクリスチャンはそれを忠実に守っていた。
帽子を返してもらおうとわずかに足を踏み出したクリスチャンに、少年は帽子を手にしたままにっこりと微笑んだ。そしてクリスチャンの腰に両腕を回して抱きついてきた。少年の笑みはたとえようもなく甘く、同じように暗かった。クリスチャンは知らず、唇を舐めていた。
クリスチャンは一瞬なぜ自分が、自分の車の後部座席にかがみこんで少年の性器を咥えているのかわからなかった。もちろんその前に彼自身のそれを口で達せしめてもらった返礼であり、そういう状況になったのも、少年が彼の首にかじりついてキスしてきたからであることはわかっていた。キンジーは未成年に酒を出すことは厳しく禁じていた。だが、店の常連客でもある未成年と関係を持つことについては何も言わなかった。もちろん、妙な噂が立つようなことになるのはまずいだろうが。
少年の技巧はそれほど巧みというわけではなかったが、懸命に快楽に奉仕してくれた。おそらくは、放蕩に身をまかせ始めた駆け出しといったところなのだろう。それは彼の好みを具現化したような存在ではあったが、このように幼い者が快楽を貪ろうとする姿は痛ましく哀しく、彼の眼には映った。しかし、それをどうこう言うつもりはなかった。彼は少年の愛撫に満足した。
一方、少年の幼いそれはクリスチャンを陶然とさせた。小さな睾丸からピンク色をした先端に至るまで、一口で吸い込めそうだったが、クリスチャンは餓えに伸びてきた牙が当たることがないよう慎重に、手と舌だけを使って少年自身を愛撫した。先の方への入念な刺激に少年は切なげな声を上げるとぐっと身を引いた。白い血がクリスチャンの顔に降り注ぐ。クリスチャンはべとべとするそれを指ですくい、丁寧に舐めとった。血液ほどではないが、彼の命をつないでくれる豊穣の体液を。若々しいそれはこってりとしていて生臭くしょっぱく、苦みがあった。絶頂を迎えた少年はぐったりとシートにもたれかかったまま、荒い息をついていた。
クリスチャンは衝動的に、この少年を奪ってしまいたかった。その細く白い首筋に描かれた青い血管に牙を立て、違う液体を、より直接的に彼を満たす命の水を飲み干してしまいたかった。もちろん、店の常連である地元っ子であるこの少年を襲うなど愚の骨頂だった。そんなことができるはずがない。そう頭では分かっていてもその欲望は抑えがたかった。クリスチャンは気をそらすため、口の中にまだ残る精液の味に集中することにした。飲み干してなお残る刺激的な味。彼の口の中では無数の精子が空しくダンスを踊っているに違いなかった。しかしその生命力が彼の命をわずかにつないでくれるのだ。自慰で放出されるよりは幸運かもしれなかった。
クリスチャンは何とか少年の血管から意識をそらすことに成功した。彼は上気する胸を押さえた。
「ありがとう」
少しの気恥ずかしさとともに何を言おうか考える前に、クリスチャンは謝辞を口にしている自分に気がついた。
「君のおかげで生き返ったよ」
それは本当のことだった。少なくとも、空腹を紛らわせる役には立ってくれた。
「どういたしまして」
少年はわずかに頬を染めて微笑んで応えた。その笑みは痛々しい程に甘美だった。
（了）
後書き
クリッシーが名無しの少年とやってるだけの話が書きたくなりまして。血と精液が主食の吸血鬼…なんてエロティックな存在をポピーZ神はお造りになったのでしょうか。後者を摂取するシーンがもっと見たかった…！ので自分で書いてみました。自給自足精神万歳。
2009年3月10日