その夜、店を早く閉めたクリスチャンは、黒いコートを着込み、独りスワンプを散策していた。その足は、かつて伝説的存在であった殺人鬼ジョナサン・デグルポワンの小屋の跡地へと向かっていた。といっても少年達の無惨な死体が発見されたその小屋も取り壊されて久しく、水辺には面影らしいものは何もなかった。だからクリスチャンも、多分ここだったらしい、という曖昧な見当でしか来られなかったが仕方がなかった。
秋も深まるこの季節、スワンプにはランタン虫が飛び交い、めいめいに淡い幻想的な光を放っていた。夜のしじまに遠くで聞こえる鳥の鳴声が響く中、ランタン虫の乱舞に囲まれながら、クリスチャンは一年前のこの夜を思い出していた。まだジェシーが生きていたハロウィーンの夜のことを。
深夜の睦言に、彼女は突然スワンプに行きたいと言い出したのだ。今彼がいるこの場所に足を運んで、犠牲になった十五人の少年の霊を見たいと。今まで一人ではできなかったけれど、彼がついているなら恐れることもないと、珍しく熱っぽく語っていた彼女。だが、彼が、大きいお腹を抱えての深夜の冒険に難色を示したため、その話は流れてしまったのだった。そして彼女は次のハロウィーンを迎えることなく、赤ん坊を産み落として死んでしまった。あの晩、彼女の望み通り、二人でここに来れば良かったのだろうか？彼の心にそれだけがずっと引っかかっていた。
しかし、百年以上前に少年達が惨殺された現場（多分）に、ランタンの光より他に何も現れないことを確認し、やっと心のしこりが取れたような気がした。彼は内心に呟いた。この夜だろうと、死者はこちら側に帰ってきたりはしないんだよ、ジェシー。君が今晩私の元に帰ってこないようにね。
そう、誰も万聖節前夜に帰ってきたりはしないのだ。顔も知らない彼の親達も、かつて彼が愛した者達も、彼の糧となった犠牲者達も皆。皆、死者の世界に行ったきり、こちらのことなど忘れてしまったのだろう。とするときっとあの世とは随分いい所であるに違いない。そう思うと、当分そこへは行けないであろう己がいよいよ悲しくも感じられた。
とはいえ、そんなことはこの数百年の生で分かり切ったはずのことだった。改めて霊の不在を確かめるためにわざわざスワンプに来るとは、思えば人間の娘の熱意にほだされて、自分が馬鹿なことをしているような気がクリスチャンはしていた。それでも沼地の水に映り込むランタンの明滅は、死者の霊の幻想を抱かせるには十分で、彼はしばし、それにごまかされることにした。そう思って見れば、ジェシーが帰ってきたような気分になれそうであったから。
（了）
後書き
ハロウィーンとクリッシー。ＥＣとクロスオーバーさせつつ。ジェシーは吸血鬼マニアなだけでなく猟殺マニアでもあるんじゃないかと思うのですがどうか。地元に猟殺現場あったら行きたがるかなーと。護衛は最強の怪物様だし。
そしてクリッシーにはそんなジェシーのことがずっと心に引っかかっていてもらいたい。十五年引きずってますし。
2008年10月30日