ある冬、私と仲間達は御馳走の気配に誘われて、木々に囲まれた豪邸の片隅にある、粗末な小屋に忍び込んだ。そこで私達が見た物は、床に横たえられた二体の人間の男性の屍だった。
一体は小柄で黒い髪、もう一体は背が高く金色の髪をしていた。それらは既に腐敗し、どす黒く膨れあがっていた―特に小柄な方は腹を切り開かれていたため、腐敗の進行が酷かった―が、私達がむしゃぶりつき、味わうのに支障はなかった。私達は咲き誇る花に群がる蜂のように、喜んでこの御馳走にかぶりついた。二体とも裸体であり、私達を邪魔する物は何もなかった。
その腐肉を味わっていると、段々と彼らが以前、どのような生を送ってきたかが見えてきた。それはまるで、死の瞬間からビデオテープを巻き戻して見ているかのような映像として浮かんでくるのだった。まず判ったことは、彼らは他人の暴力によって殺害されたということであった。一人はもう一人に、もう一人は誰か他の者に。そして一人の死は苦痛に満ち、もう一人の死は瞬時にもたらされたこと。
私は、一人の方―黒髪の方の腹の開かれ方を見れば、さもありなんと言う思いを抱かざるを得なかった。そこは爆発でもしたかのように、ぽっかりと口を開けていた。その若い内臓を味わえず、仲間達は残念がっていた。
私達はその頭蓋骨の内部を這い回りながら、その経験や知識を舐め取った。特に、腐敗の酷い、黒髪の方から、私達は率先して舐め尽くさんばかりに貪った。私達は彼の濃縮されたエキスを口にして、その人生を速回しで見るように追体験した。その映像は私の神経の裏側をスクリーンとするように、像を結ぶのだった。
私が見た物は次のような物だった。破局した激しい恋と傷心の思い出、死をもたらす疫病への恐れ、音楽や薬物に身を委ねての陶酔、彼を閉め出した家族への相反する感情、残酷な物事への憧れと、それが現実と化した時の言い知れぬ苦痛と恐怖。そして、この金髪の屍に対して抱いていた、裏切られた恋情。
その惨たらしい最期の記憶は別として、私達はいかにも若者らしい感情と経験を賞味した。これはこれで、決して悪くはなかった。むしろ自己憐憫と不安に満ちた、甘美な記憶であった。
しかし、一方の金髪の屍を口にした時の私達の驚きは、どう表現したものだろうか。その記憶、来歴ときたら、私達にとっても滅多に味わうことの出来ない一品だった。私もこのような記憶を味わうのは初めてであり、自分が味わったものに信じがたい思いすら抱いた。
その人生は、全く他の者と異なっていた。絶望的な孤独はさておくとして、その溶け出した脳にはぎっしりと、拷問、殺人、解体、食人の行程が、実体験として詰め込まれていた。その映像は全て詳細かつ実感に満ちており、本で得た知識や、絵空事として心に描かれたものでは決して無かった。
私は脳裏に浮かんでくる映像―彼が少年達の苦痛を鑑賞し、血塗れの断末魔に絶頂を味わい、食肉として分別、処理し、調理された少年達の肉に舌鼓を打つ様―を、呆然と眺めていた。その中には、隣で朽ちている黒髪の少年を生贄とした、残忍な儀式も含まれていた。私は細長い、生の人肉を頬張り、咀嚼する感触をその身に感じていた。
そして、運命が引合わせた同類との出会いと、孤独を分けあい暖め合う様、それぞれが独学で学んだ知識を交換し合う様、共に殺人を娯楽として楽しむ様を圧倒されて見つめた。その映像の中での彼は、これまでになく生気に満ち、活動的であった。
私達は、これ程までの連続殺人者の記憶を味わうのも初めてなら、彼が同様の殺戮を繰り返している仲間と出会い、和やかに過ごしている様を見るのも初めてであった。この殺人者同士に芽生えた奇妙な友愛と幸せな記憶に、私は少々まごついた。蛆虫である私には、同類殺し同士の友情を理解するのは難しいことだった。
だが、仲間達はこの嘗て無い記憶を、何より、人肉で出来ているというその腐肉を、珍味として喜んで食していた。仲間達は勇んで、その頭蓋の丸みの裏を喰い進み、その経験を吸い尽くさんと食らっていた。もちろん私も相伴に預かり、彼の深い孤独がついに癒された喜びを、我が事のように感じていた。
私達の食欲の前に、二つの屍はあっという間に骨を残すのみとなっていった。
季節外れの御馳走を堪能し尽くし、仲間達は白く光る骨の間で食休みをとっていた。金髪の方の眼窩の奥で微睡んでいた私は、ふと、奥に輝く何ががあるのに気がついた。それは骨の底に溜まっていた、この男の脳の腐汁の、最後の一滴であった。それはほんの雫であったが、私達は食べ残すということの出来ない性分であった。私は、その一滴をそっと啜り込み、口の中いっぱいに味わった。
そこには、これまでとはいささか趣が異なった世界が、薄ぼんやりと発光するように広がっていた。それは、後に自らが切り裂くことになった黒髪の少年との、ぎごちない、友情めいたやりとりの記憶であった。一心に向けられる自分への好意に対する、驚きと戸惑い。どうやら彼は、自身に向けられる好意に不慣れなようだった。
そして、仲間達はいざ知らず、私だけが見たのだ。ついに実現されることのなかった可能性を思い描いていた、彼の奥深くに秘められた願望を。そこには、黒髪の少年と生きたまま愛し合っている、紛れもなく笑顔の彼の姿があったのだ。
（了）
ECラストの、ジェイとトランの屍体が蛆虫達に食い尽くされる、という描写に、「この二人を食べたのが、『In Vermis Veritas』の蛆虫先生達だったら、どんな感想を抱くのかなあ」と思ったのが執筆動機です。そのまんまです。
IVVでの人肉食は、一体化云々よりも、犠牲者の経験や知識の吸収がメインなので、このような仕儀と相成りました。トランの経験はともかく、ジェイの経験には蛆虫先生も驚かれるのではないかと。
あと、蛆虫がビデオテープを例えには使わないかもと考えるも、作中ですでにフランシス・ベーコンを引用している博識ぶりなので無問題かと。
そして、肉の願いとしてならば、実現しなかった愛も成就可能かと思いまして、ジェイ×トランで締めてみました。ECラストも、それを匂わせていると読解しましたし。
「言葉にならず、語られてもいない愛の物語」は、そのまま読めばただの無音にて沈黙にてゼロですが、沈黙を沈黙と記さずに、わざわざ「愛の物語の不在」を示すことで、そこに読者は空白文字のようにぽっかりと浮かび上がる、不可視の愛の物語を見るのだと考えましたが如何。
2006年12月15日