ある日の夕暮れ時、小腹がすいたわたしは、こっそりとジェイの冷蔵庫を物色していた。広い庫内に肉の乗った皿を見つけて、わたしは思わず取り出していた。
皿にのっていたのは白っぽい色をした薄切りの肉で、豚と言われれば豚肉に、牛と言われれば牛肉に見えたが、言われなければどちらにも見えなかった。
わたしはすぐに、これがジェイの愛好する例の肉だと感づいた。二本足の獣の肉。そしてその可能性に思い当たると、背筋をかすかに戦慄のようなものが駆け上った。その肉を目の前にした時に全人類が感じるであろう震えとは別種の、それは挑戦めいた奮えだった。
私はすぐにそのラップをはがし、その肉を一切れ口に放り込んでしまいたい衝動に駆られた。そうすればわたしはジェイの仲間になれる。この肉を味わいさえすれば。それは抗いがたい誘惑だった。「これより先怪物領域」と書かれた地域に足を踏み入れんとする、無謀な冒険者の悦び。
しかしわたしはその衝動を必死に抑えつけた。私が一線を越えるその時には、もっと厳粛な儀式が必要だった。ジェイもきっと何らかの趣向を考えているに違いない。このようなつまみ食いでそそくさと済ませていいはずがなかった。どうしようもなく高鳴る胸を抑えつけながら、わたしはそっと皿を元に戻した。そしてまだかすかに震える手で、重い戸を閉めた。
（了）
例の肉の皿とアンドリューの話でした。実際はあの皿見つけたのでしょうかね？そして、アンドリューすら越えることを躊躇する人肉食タブーの敷居を、あっさりと超えてしまっているのがジェイのすごいところだと思います。
2009年4月3日