ワインの飲み過ぎでしたたか酔っぱらったわたしとジェイは、外食の後いつものように散策していた。秋の風が心地よく吹きつけてくる。目についたそれにジェイが入りたがったので、わたし達は町の本屋に足を踏み入れた。
本屋に入るとジェイは一直線に料理本のコーナーへ向かって行った。全く、研究熱心なことだ。それを眺めながら店内をぶらついていたわたしは話題の本のコーナーに、自分を扱った本が並べられているのを見た。
なるほど、わたしは今や、異国の小さな書店に経済効果をもたらすほどの時の人というわけだ。興味を惹かれながらも人目につくことを恐れ、わたしはなるべく不自然でないように、そこを離れようと思った。すると、用件を終えたジェイがやって来て、そのコーナーとわたしの顔を交互に見やって言った。
「あ、君が載ってる。本当に有名人だったんだね」
その一言にわたしはアルコールで暖められた心臓が、瞬時に凍りついたかと思った。平静を装い、それとなく周囲を眺め回したが、他の客に変わった様子はなく、ジェイの言葉に注意を向けたらしい者はいなかった。きっと酔っ払いの戯れ言と聞き流しているのだろう。
それでも用心に越したことはなかった。わたしは不思議そうにしているジェイの腕を引いて、無言のうちに書店の外に連れ出した。外の風で頭が冷えたのか、ようやく自分の発言の意味と、その不用意さに気づいたらしく、彼はしょんぼりと頭を下げた。
「…ごめん」
「分かったならいいけど」
怒りを抑えながら、ようやくそう吐き出したわたしに、ジェイはうって変わって無邪気に問いかけた。
「でも、あの本買ってきて良い？君の本、読んでみたいんだ」
そう言って、あっけにとられるわたしの返事を待たずにジェイは本屋に消えた。恋人の想像以上の自由人ぶりに、わたしは深く溜息をついた。
（了）
後書き
アンドリューが有名人なことについて、ジェイはどう思ってるのか、を考えてみたらこうなりました。アンドリュー危機一髪。
2008年9月25日