その日もジェイの夕食に舌鼓を打って、満腹になったわたしはソファでまどろみかけていた。すると、目の端に何かくすんだ色の棒が突き出された。横目で見ると、それは太めの葉巻のようだった。
「一服しない？」
その向こうではジェイが微笑みかけていた。
「いや、煙草はやらないんだ」
手を振って断ったわたしに、ジェイは口を尖らせた。
「煙草じゃない、ジョイントだよ」
それが、大麻の葉巻を意味する用語であることは、事情に疎いわたしにも分かった。わたしは起きあがり、ヤクに手を出したばかりの悪ガキのように、しげしげとその葉巻を眺めた。
「葉っぱもやったことないの？」
ジェイが怪訝そうな顔で尋ねてきた。クスリなしの生活など信じられないというかのように。
「やったことないわけじゃないけど…」
しかし、もう十数年ご無沙汰だった。そうでなくても、五年も刑務所にいて、嫌でも綺麗な身体にさせられたところであったし。
「じゃあいいじゃないか」
そう言うと、ジェイはすでにジョイントに火をつけて口の端にくわえていた。わたしは後を追うようにジェイのジョイントから火を借りてつけた。
一般に、大麻は誰と、どんな雰囲気で服用するかで体験の善し悪しが決まるという。とすれば、ジェイの申し出はわたしへの限りない信頼の成せるわざと言って良いだろう。無下にするわけにもいかなかった。
それに正直、昔やった貧弱な葉巻とは比べものにならない見事な一品を試してみたいという気持ちもあった。太さだけでなく、恐らくは、中の葉も相当上等な代物に違いなかった。
煙とともに、何とも言えない気だるい空気が居間を包んでいた。わたしとジェイはその中で二人並んでソファに座り、その中でぼんやり意識を漂わせていた。
「若い頃以来だな…」
わたしは懐かしい香りを深く吸い込んだ。
「他にはどんな薬をやってたの？」
ジェイが興味津々といった面持ちで尋ねてくる。わたしが、殺人をする以前の、若い頃の話をするのはめったにないことだった。
「ガキの頃に葉っぱに手を出したぐらいで、あとはもっぱらアルコールだったな。わたしは月桂でラリるアポロンより、ワインで泥酔するデュオニソスを身近に感じるたちでね」
「ああ、そうなんだ」
ジェイは訳知り顔でうなずいた。
「何なら試してみる？うちの冷蔵庫にはどんな種類の薬だってあるよ。ＬＳＤやモルヒネだって…」
ジェイは嬉しそうに言った。わたしに新たな物事を教えられるのが楽しくてしょうがないというかのように。薬が効いてもいるのだろう。この薬が幸福感を増幅させることは若い頃の経験から知っていた。
一方、わたしの頭は澄んでいるような靄がかかっているような、不思議な感覚に陥っていた。しかし、この浮ついた高揚がそう長続きするものではないこともわたしは知っていた。それはどんな薬をやっても同じことだろう。アルコールの至福の儚さと、翌朝の吐けども終わらぬ悪夢を味わい尽くしていればそれぐらいは見当が付く。
葉巻を手に立ち上がりかけたジェイの腕を掴んで、わたしは彼をソファに押し倒した。膜がかかったような瞳で不思議そうに見上げている彼は、この上なく美味に見えた。
わたしはジェイの色の薄い唇を自分のそれで覆い、舌で口内を侵略し始めた。彼の口は煙の味と、夕食のスープにたっぷりと振りかけられた香辛料の味でピリッとした刺激があった。わたしは彼の唾液を心ゆくまで味わった。雑多な薬物に汚染され、様々な少年達の死んだ組織から醸造された温かい唾。地上にただ一人の、わたしの仲間の体液。
これこそがわたしを慰め、いつまでも有頂天にさせてくれる唯一の薬だった。無味乾燥な化学反応や色褪せた幻覚よりも、もっとずっと魅惑的な。
「わたしには君が一番のクスリだよ」
彼の口の中に囁くと、その頬が熱を持つのが分かった。
（了）
後書き
「そういえばアンドリューと出会ってから、ジェイがクスリやる場面ってないな…」と思ったので、ちょっぴりやらせてみました。でも最後はやっぱりバカップル。ジェイの魅力は麻薬より強いのです。←ジェイファンの戯言にてスルーして下さい。
言うまでもなく、麻薬は日本では違法なので絶対に真似しないで下さいませ。
2008年9月12日