秋も深まる折、長い影を引きずってジャクソン広場を散歩していたジェイは、様々に仮装した子ども達の一団とすれ違った。ジェイは一瞬頭に疑問符を載せたが、すぐに明日が万聖節であることに思い当たり、成る程と納得した。
彼自身は幼い日にもこのような仮装をして練り歩いた経験はなかったが、その光景を微笑ましく眺めていた。上辺だけは他の大人と同じように。しかしその内実は全く違っていることを彼だけが知っていた。
彼の目には、菓子をねだる子ども達自身が、上等な砂糖菓子であるかのように、美味しそうに見えていた。大きな頭と紅潮した頬、短くぽちゃぽちゃした手足の子ども達の肉はどんなにか甘くみずみずしく、赤身ですら歯の下でとろけるように柔らかいことだろう。
できることなら一人ぐらい連れ去ってしまって、彼の家の秘密の場所に持ち帰り、閉じこめておいてしまいたかった。怯え、家に帰してと泣き叫ぶ声甲高い声は、快いメロディとなって彼の耳を慰めてくれるだろう。涙の滴も愛らしい、似合いのアクセサリーだった。
声が枯れてしまったら、その時は慈悲深く、細い喉笛を掻ききって温かな血を浴びよう。彼にとっても、真に幼い者をあまり苦しめるのは良くないことのような気がした。苦痛の意味を理解できない者はそれに値しないように、ジェイには思えたのだ。
小さな身体がすっかり冷たくなったら、柔らかな手足を引きちぎり、丸っこく突き出た腹を切り開き未熟な幼い臓器を掻き出そう。横隔膜を破って未発達の心臓を抉り出そう。手の平に収まるであろう腎臓に歯を立て、ぷるりとした細い腸を引きずり出そう。ほんの小さな前立腺から滴る蜜の味を思って彼は陶然となった。
ハロウィーンの子ども達を眺めてぼんやりと白昼夢に耽っていたジェイは、いつしか自分自身がそんな子ども達に囲まれていることに気づき、遅ればせながらはっとした。
「トリックオアトリート！」
魔法使い、幽霊、狼男、吸血鬼…思い思いに扮した子ども達はお決まりの台詞を喚き、頭上の彼に向かって汚れた、小さな手を目一杯差し出した。
恐らくは幼すぎるが故に、彼が何者であるか知らないか、知っていても理解していないに違いなかった。でなければ、フレンチ・クォーターきっての変質的小児性愛家で知られるジェイ・バーンにみずから近寄るなんて真似をするはずがない。きっと彼らも、もう少ししたらパパやママから彼の素性をあれこれと吹き込まれ、彼を侮蔑し遠巻きに見る群れに加わるに違いない。
とすればこれは、こんな無邪気で疑いを知らない子ども達とふれあう、彼にとってはめったにないチャンスかもしなかった。彼に好みには数年若すぎるとはいえ、期待に目を輝かせる子ども達を、ジェイはできれば失望させたくはなかった。
ジェイはポケットを探ってみた。本当のところ、全くお菓子がないわけではなかった。しかしそれは彼のためのお菓子だった。決して子ども達のためのものではない。ジェイは少し迷ったが、珍しく悪戯心が彼を唆した。
彼はポケットから取りだして、子ども達にもよく見えるよう親指と人差し指で挟んで掲げた。それは中心に黒い点を持った、小さな白い玉だった。大きさも外見も、頭蓋骨の眼窩に収まるには丁度良い具合のもの。煌めくそれが、人間の目の玉だと見て取ると、潮が引くように子ども達は彼から離れて後じさった。
ようやく自由となったジェイは、挑発的に微笑んでからその目玉を口に放り込み、舌に載せて見せた。それを見て、ぎょっとしていた子ども達は一転、呆れたような顔をしてぞろぞろと去っていった。きっと彼のことを、子どもに悪趣味なお菓子を見せて驚かせる、バカな大人だと思ったに違いない。彼が舐めしゃぶっているのを、目玉のように見える飴玉だと早合点して。
しかし本当は、目玉に見える飴玉に見える目玉だと知ったら、一体どうなるだろう？無垢な子ども達の叫喚を思うと、背筋の底からゾクリと戦慄のような快感が駆け上るのだった。もちろん、一時の戯れでそんな危険な真似をするわけにはいかなかった。自分の正体を明かすような真似は。
それでも化け物に扮する子ども達に、より怪物じみた真実を明かしてしまいたい衝動は、しばらく口の中の目玉と共に、彼の中に溶けずに残っていた。扮装の必要のない、まごうことなき怪物の口の中に。
ジェイは家に帰るつくまでずっと目玉をしゃぶり、家の前に着くとごくりと飲み込んだ。もうこの小さな菓子は必要ない。家の中では、彼のためのとっておきのお菓子―目玉の所有者だったもの―が彼を待っているのだから。
（了）
ハロウィーンネタ第一弾。ECより、ジェイたんとお菓子（？）話でした。一月遅いですが気にしない。
目玉を口に含む美青年、というイメージには危険で妖しい香りがツィーンとします。ツィーンと。
2007年11月28日