ある夜の睦言に、わたしはジェイに問いかけた。
「わたしが死んだら、君はどうする？」
わたしの他愛ない軽口に、ジェイは悲しげに眉を寄せた。
「君が死んだら、僕も生きてはいないよ」
「分かっているよ。でも、その前が聞きたいんだ」
「その前って？」
彼は不思議そうに首をかしげた。
「死んだわたしを、君がどうするのかを聞きたいのさ」
そう、それがわたしの関心事だった。わたしの死体の行く末が。
「本当に聞きたいの？」
彼はためらっているようだった。わたしが大きく肯くのを見て、気を悪くしないで欲しいんだけど、と前置きして彼は語りはじめた。
「君が死んだら…君の身体全部、僕が食べ尽くしてあげるよ」
彼はわたしの首筋にそっと触れた。
「どうやって？」
「まずは大きな血管を切って足をフックにかけて吊して、血を抜くんだ。血は全部大皿に受けて一滴も残さないよ」
「その血はどうするんだ？」
「もちろん料理に使うんだよ。ブラッドソーセージにブラックプティング。君の国でもお馴染みだろう？」
「わたしの血を豚の腸に入れるのかい？」
わたしはわざと、少し憤慨したように言ってみせた。
「まさか。当然、君の小腸に詰めるんだよ。取りだしてよく洗ってからね。君にはまだ披露してないけど、うちにはソーセージを作るための道具だってあるんだ。前に少年達の肉と腸でソーセージを作ったこともあるし。出来は保証するよ」
「ありがとう。それで、他の部分は？」
フリッツ・ハールマンの再来かと思ったが口にはしなかった。美感のために人肉食を追及している彼を、人肉屋と擬えるのは適切ではない気がしたからだ。
「内臓はよく洗ってから火を通しておくんだ。すぐ料理に使わなくても、持ちがよくなるからね。」
「それで、どう料理するんだ？」
料理法を尋ねられると、彼の口調はうっとりと、熱を帯びた。そして中身が詰まっていることを確認するかのように、今まさに話している部位に手を当てるのだった。
「心臓はこりこりとした食感を楽しみたいから、ソテーが一番だな。大腸はぶつ切りにして、煮込みや炒め物にしてもいいし、焼くのにも向いてる。胃は詰め物料理に使えるかな。肝臓は牛乳につけてじっくり臭みを抜いてから、ペーストやパイを作れそうだね。人間のは大きいから使いでがあるし。なんにせよ新鮮なうちにやらないとね。腎臓は、これまであまり作ったことはないけどキドニー・パイやプティング作りに挑戦しようと思ってる。君はキドニー・パイは好き？」
「ああ、好きだよ」
「そう、それはよかった。腕によりをかけるから楽しみにしててね」
楽しみも何も、わたしはそれを食べられないのだが。
「内臓以外はどうなるんだ？」
わたしは腹の中が空っぽになった自分を想像した。血の気のない、中身を失った全くの死体。
「部位によるな。腰から腿の肉は、大きくて柔らかくて、ボイルにしたりローストにしても美味しいんだ。君がローストビーフ好きだといいんだけど。背中は脂がのっているから、薄切りにして焼くのがいいな。肩や腕や脛は筋が多くて固いから、よく煮込んでシチューやカレーにすると美味しくなるよ。でも一部は塩漬けや薫製にしないと持たないかな？あ、あと横隔膜も焼くのにいいし、肋骨の間の肉もスペアリブにしてマリネして食べてあげるよ」
「何とも念の入ったことだな」
想像の中で、わたしはもはや胸像に近い姿になっていた。いや、それ以上に首から下全てが解体されているようだった。
「まだまだ。君の骨だって、スープストック作りに使ってあげる」
「おや、臭くて使い物にならないんじゃなかったのかい？」
彼の講義を思い出し、茶々を入れてみた。
「だって、君のエキスが出る髄じゃないか。無駄になんてできるわけがないよ。それに、ハーブを多くすれば今度は上手くいくかも知れない」
「いやはや、君の研究熱心さには頭が下がるね」
それは偽らざる、わたしの本音だった。
「でも、君の首から上だけは冷凍保存することを許してくれるかい？僕はいつまでも君の顔を見ていたいんだ」
どうやらわたしの頭部は調理を免れるらしい。脳を食せばＢＳＥの恐れもあるし、それに異を唱える気はなかった。
「凍えるような冷たいキスしかできない唇でもよければ、君の好きにしていいよ」
「本当は、君の頭丸ごと入る広口瓶に入れて、アルコール漬けにした方が保存がきくんだろうけど、ガラス越しのキスなんて堪えられそうもないよ」
首の側としては、冷凍庫で霜だらけになるよりも、アルコール内を漂った方が気持ちよさそうだが、彼の好きにさせることにした。
「アルコールといえば、君の手足と性器はアルコール漬けにして、エキスを出してからそのアルコールでチェリー酒を作って飲もうと思ってるんだ。うち特製のレシピがあって、本当に美味しいんだよ。…君と飲めないのが残念だけど」
段々彼の声が小さくなっていった。やっとわたしの死が飲み込めたのだろうか。
「わたしも残念だよ」
「そうやって、僕は君の首をテーブルに置いて語りかけながら、君の肉でできたミートパイやソーセージ、シチューやローストにミートローフ、ステーキ、ジャンバラヤやガンボに舌鼓を打ち、満腹になって一人で眠るんだ。…これが君の問いに対する僕の答えだよ。満足かい？」
それが彼の答えだった。彼の見せてくれた誠意に、わたしは大いに満足していた。
「ああ。君の口から聞けて嬉しいよ。でもその後、君はどうするんだい？」
それが心配でもあった。わたしを失って彼はどう生きるのだろうか？
「そうだな…君を食べ尽くしてしまったら、僕はどうすればいいんだろう？」
彼は自分自身に問いかけていた。その口調は不安げだった。
「寂しくなることを心配してるのかい？」
「分からない。君と一つになる夢を見て幸せになれればいいのだけど…」
彼はぼんやりと遠くを見て、消え入りそうな声で呟いていた。
「そうでなかったら？」
「君の形見を失って、本当に不幸になってしまうんじゃないだろうか？…やっぱり君を失って生きるなんて、僕には無理だよ」
彼の声が大きく揺れだした。わたしは自分の殻に入りかけた彼を抱き寄せて、しっかりとその目を覗き込んだ。
「それでも、わたしを食べ尽くすまでは生きていてくれないか？わたしは君の中以外のどこへも行きたくはないんだ」
わたしの願いに、ジェイは目に涙を溜めて頷いた。わたしはその目元を拭い、彼の頭を抱き寄せた。そしてわたし達は長いキスをして、眠りについた。
常人なら腹に鉄板を巻いて就寝したくなるような会話の後であったが、わたしの眠りは穏やかなものであった。わたしが尊敬して止まない先達が、その持てる技を尽くしてわたしを遇してくれると分かったからであった。それは、わたしにはそれだけの価値があるのだということを意味しているのだから。そして、他の誰よりも彼と一体化することができるということなのだから。
（了）
もしアンドリューがジェイより先に死んでたらどうなってたのかという妄想を、バカップル会話にしてみました。実際はどうする気だったのですかね。やっぱり名残を惜しみながらお料理して、悲しみつつも美味しく食べたのでしょうか。アンドリューが痩せた小男だといっても、全身を食べ尽くすのには何日かかることやら。
デヴィッド・マーティンの『誰かが泣いている』でヒロインが主人公に「アンタが死んだら全身食べ尽くしてあげる！そんでそのウ○コも肥料にして野菜作って、それも美味しく食べてあげる！」という意味の愛の告白をしていて「うわースゲー女だぁ」とひっくり返ったものです。ドスゲエ愛情表現でありますなあ。ジェイの愛情もそれに劣らず深いものがあるのでしょう。ジェイたんはウ○コしないから、肥料云々は関係ないけどね！（え？）
最後に一言：危険ですので絶対に真似しないで下さい。できるか。
2007年4月28日