痛ましい聖餐

 ある日の午後、わたしは暇を持てあまして、ジェイの趣味の写真をパラパラと眺めていた。すると一枚の写真がわたしの目に止まった。

 その写真には二人の少年が写っていた。一人はベッドに大の字になって縛りつけられていた。腹からおびただしく出血していたが、不思議とその表情は穏やかであった。それどころか、崇高な晴れがましささえ感じられた。そしてもう一人は後ろ手に手錠をかけられ、ベッドに縛られた少年の腹に顔を埋めていた。

 わたしは丁度部屋にやってきたジェイに、この写真の状況を尋ねた。ジェイは写真を凝視し、しばし瞑想に耽るようにしていたが、ようやく思い出すとその時の話を語り出した。

 彼はある時、物乞いの兄弟を拾って連れ込んで弄んだという。食事に薬を盛って兄をベッドに拘束し、弟に手錠をかけた。目覚めた兄弟の弟に、彼はこう告げたという。

 兄が死ぬまでそのはらわたを食べれば、君のことは助けてやってもいい、と。弟は呆然としていたが、兄はジェイに対して、それは本当かと何度も念を押してきた。ジェイはその度に肯定し、約束した。

 兄は落ち着いて弟に言った。自分を食べて、お前は生き延びろと。それを聞いても、弟は泣くばかりだった。ジェイはさらに言った。できなければ、二人とも生きたまま寸刻みにするまでだと。二人仲良く、首だけになるまで慰め合うがいいと。

 その宣告に、弟は顔を上げて言った。その方がいいと。兄を食べて生き延びるより、共に死んだ方がいいと。しかし兄は言った。どのみち死ぬのなら、弟は生き延びると信じて死にたいと。兄は弟に懇願した。自分を思うなら、自分のはらわたを食べてくれと。そして、お前だけは生き延びることを信じたままに死なせて欲しいと。

 「それで、弟は兄を食べたのか?」
写真に答えが写っているにも関わらず、わたしは思わず尋ねてしまった。
 「ああ。歯だけで腹を食い破って、はらわたを食いちぎる様はなかなか見ものだったよ」
ジェイはその様子を思い出したのか、ぼんやりとした笑顔を口の端に浮かべていた。
 「だからこの少年は、喰われているというのにこんなに穏やかな表情なのか」
彼の語る物語に、写真の中の奇妙な表情の謎が解け、ようやくわたしは納得する思いだった。

 「それで結局、兄の望みは叶ったのかい?」
ジェイは首を振った。
 「いいや。兄が息絶えるとすぐに、弟も舌を噛み切って死んでしまったよ。思うに、彼は兄の望みを叶えるためにその肉を食べたんであって、自分一人生き残りたくなんてなかったんだろうね。」
これまた答えが分かっていそうな問いをわたしは発した。
 「そうしなければ、君は弟を助けるつもりだったのかい?」
答えは予想通りだった。
 「まさか。僕の秘密を知った者を、僕が生かして帰すわけがないじゃないか」
 「だろうな」

 最初から守る気がなければ、どんな約束だってできる。こうして、兄の献身は全くの無駄に終わったのだった。しかし、いやだからこそ、その瀕死に輝く自己犠牲の精神に、胸打たれるものがあるのではないだろうか?わたしは写真に焼き付けられた、後に裏切られることになる希望を、笑うことはできなかった。
(了)

後書き

テーマは「お互いを思いやる兄弟愛と人肉食」です。

2007年4月26日