ジャックは何も支えのない上空に立ち、広い海に沈む男の姿を見ていた。すぐに、それは他ならぬ自分自身の肉体で、自分はそこから抜け出てきたのだと悟った。しかし彼はもう、青い海に沈み行く己の肉体に構うことはなかった。例えそれが鮫に噛み砕かれようとも。
なぜなら、彼は自分に向かって天上から光が差してくるのを感じたのだから。彼は自分がそこに上っていけること、そしてそこが愛に満ちた世界であることを直感した。
もはや、恋人の手酷い裏切りも、周囲の冷たい視線も、彼を苦しめる性別という枷もない、真に自由な世界に彼は赴こうとしていた。
共に沈んだ恋人のテオも、きっとそこに行っているに違いない。そして彼らは永遠にそこにあることだろう。ジャックは喜んで上昇し、その世界に入っていこうとした。
光と一体になるほんの少し前、かつて彼を悩ませた諸々の困難の記憶と、その中でこそ味わった、わずかな、しかし確かな喜びに、少しばかりの惜別の念を覚えながら。
後書き
お題はポピーＺ作品のそこかしこから。作品は『Nothing of him that Doth Fade』。
死を、生という枷からの解放ととることも多い世界故に、こんな話も書いてみましたがどうでしょうか。
しかしそれは、生にのたうち回る喜びからも解放されることだと思ってみたり。
ともあれ、ジャックとテオの魂に平穏あれ、と祈りつつ終了。
2007年2月25日