ヴァンに揺られながら、ナッシングは過去の歌声の夢に身を委ねていた。何度も何度も反芻しても色褪せることのない、かつて憧れた黄金の歌声の記憶に。その歌声は、それを最後に耳にしてから数十年経とうとも、彼の元から去ろうとしなかった。
幸せな夢は、仲間の呼びかけによって中断させられた。運転手は車を止め、その片割れが彼を揺り起こした。目覚めを促す声に、彼は目を薄く開けた。長い車の旅を経て、彼らはようやく目的の地に着いたのだ。
そこは暗くうらぶれた、小さなライブハウスであった。今宵、彼らの聖地となるために用意された、汚らしくも神聖な社だった。開場時間より大分前であったが、そこはすでに黒い子ども達で一杯になっていた。暗い瞳の少年達は彼らをずっと待ち侘びていたのだ。
夢から醒め、窓から彼の信奉者達を眺めているうちに、ナッシングは自分自身の歌声を思い出してきた。心癒す黄金の歌声とは全く違う、聞く者の心を切り裂くような漆黒の歌声。それが彼自身の歌声に他ならなかった。
それこそが、ここに集う幼い、傷ついた者たちが待ち望んでいる歌声だった。彼は今宵それを、愛すべき信者達に投げかけるだろう。引き裂かれた贄の血を神殿にぶちまける司祭のように。そして彼自身が神であるかのように儀式を我が物とし、自身を生贄として熱狂的な信者達の上に身を投げ出すだろう。彼は今夜、造物主であり祭司であり犠牲獣となるのだ。
その暗い熱気の予感に、彼は唇を上げて微笑んだ。それが今宵彼に求められていることであり、彼が最も求めている瞬間だった。彼の歌声で少年達を酔わせ、彼もまた熱情に満たされる至高の一時であった。
車から降り、自身の祭壇に上ろうと踏み出した瞬間、彼の胸に生きる偶像もこの高まりを覚えたのだろうかと思い、一瞬ナッシングは眩しさにくらんだ者のように立ち止まった。
後書き
お題はＬＳやＤＢ、『Optical Music for Voice and Piano』、『Plastic Jesus』等。作品はＬＳより。成長ナッシングのライブ話。
ミュージシャンが出る作品も多いですなポピーＺ世界。そうでなくても、現実のミュージシャンがよく話に出てきますし。
陶酔や忘我、一体感をテーマにする場合、性愛並に音楽も重要ファクターになってくるようです。確かに気合いの入ったライブでの熱狂や一体感や興奮は、時に神か何かの降臨すら感じる、得難い一時でありますからのう。
2007年2月18日