共にベッドに横になりながら、クリスチャンは一度だけナッシングに尋ねたことがあった。自分が15年前に赤子だった彼を託した、彼の養い親達はどうしたのかと。
ナッシングはなかなか返事をしなかった。やがてベッドからするりと抜け出すと、あの家を出て来たとだけ告げて、ふいっとその場を立ち去った。
返事を聞き、クリスチャンはあらかじめ答えを知っていたかのように目を閉じた。15年前の自分の配慮が役に立たなかったことに無力感を覚えたわけではなかった。この年齢まで、あの赤ん坊を元気に育ててくれてだけでも重畳と言えた。自分が育てたとしたら、果たしてどうなっていただろう？贅沢は言えなかった。
しかし、また一人、子どもに去られて酒に溺れる父親を作ってしまったらしいことを思うと、彼の心は沈んだ。
長年のバーテンダー稼業で、そのような男達の姿をどれほど目にしてきたことだろう？彼の記憶力を以てしても、数え切れないほどだった。やつれた父親達は、いつも酒場の若者たちの中に我が子の面影を探し求め、聞かれるとも無しに彼に、失われた子供の話を語って聞かせるのだった。その無軌道さや反抗にどれほどまでに悩まされたかを、しかし去られた今となってはその悩みの種がどれほど恋しいものであるか、その不在がどれほど自分を消耗させたかを。
ナッシングには、まだこんな父親の気持ちは分からないだろう。彼はきっと、自分が居なくなったことを養い親達にとって良いことだと考えているのだろう。もう自分のことで親を悩ませずにすむと。クリスチャンには、それが大きな誤りであることを彼に教えることもできた。その職業上の経験により、子に捨てられて喜ぶ親は希であることを。
しかし、彼はそういったことを説教がましく教える気にはなれなかった。また、養い親の元に帰るよう勧めるつもりもなかった。今やナッシングは怪物の家族となったのだから。そして、ナッシングが自分自身で気づかなければ意味がないと思ったからだ。
彼が、自分が振り捨ててきた物の重みに気づくには、幾百、幾千もの内省する夜が必要とされることだろう。そしてその気づきは、少なからぬ苦痛を彼に与えるに違いなかった。その痛みを味わったその時こそ、ナッシングが大人になった時と言うのだろう。
ジラー達のようにお祭り騒ぎと退廃に紛らわせていれば、その痛みを味わうことなく、幼いまま幸せでいられることだってありえた。それに魅せられている現状を見れば、ナッシングもそうなる可能性が高かった。
しかし、ナッシングは自分の力で遠からずその地平に到達するだろうと、クリスチャンには確信があった。それが成熟するということなら、それが彼らのような怪物にとって、果たして良いことなのかはわからなかったが。
クリスチャンはシーツに温もりを残して空白になった隣に顔を向け、ナッシングが枕カバーに残した黒い染みを見た。今頃、彼の養い親もこれを懐かしんでいるのだろうか？
後書き
お題はＬＳやＥＣから。自分探しと成長がテーマだと思うので。
作品はＬＳから。ナッシングの養い親達どうすんねん、と思いまして。
15年間も育ててきた子どもに出て行かれちゃって可哀想に。
2007年3月3日