夢△

　馴染みの緑の酒を痛飲して、バーン化学工業社長夫人―かつての祝祭の女王―ミニヨン・デボア・バーンは自室の柔らかいソファの上で微睡んでいた。彼女お気に入りの、薬草の香りのする酒は、女主人のお気に入りの夢を運んできてくれた。それはもう何度も何度も見た夢、セピア色になっていてもおかしくない、遠い過去の夢だった。

　しかし、夢の世界は鮮やかに彩られ、緑と紫と金に埋め尽くされていた。騒ぎ立つ群衆の中を、けばけばしい衣装と仮面を身に付けた人々が山車に乗ってねり歩いている。安っぽいコインやビーズがばらまかれ、マルディ・グラの熱気は最高潮を迎えていた。

　夢の中の彼女は、ひときわ大きな山車の一番目立つところに立ち、群れ集う人々を見下ろしていた。誰もが彼女に手を振り、さかんに叫び、手を伸べてその恵み―投げ与えられるコインやビーズ―を乞い願っていた。

それは彼女が18歳の頃の栄光の夢、今なお色あせない幸福な記憶だった。煌びやかな山車の前面に立ち、彼女は至上の満足感を得ていた。この瞬間が永遠に続けばいい。たとえ夢であっても。

　だが、度を越した飲酒が望まざる展開まで運んできたのか、夢はそこでは終わらなかった。ふと、その足もとが割れ、彼女は色のない暗黒の世界に呑み込まれていった。見渡すと、そこには彼女に背を向ける二人の男性の姿があった。

　彼らは、彼女にとって誰よりも身近な存在だった。しかしその姿は何と遠く、祭りの記憶よりも色褪せて見えることだろう？

　一人は事業と他の女達に慰めを見出したために、妻たる彼女を省みることはない不実な男だった。もう一人は、若くしてすでに彼女と同じ悪癖にはまり込み、何ものも気にかけてはいないようだった。少なくとも家族のことは何も。

　彼女は暗黒の中で立ちつくしていた。かつて、彼女は誰もが憧れた女王であった。しかし今の彼女は、もっとも身近な男達にすら一顧だにされてはいなかった。それは考えるだに、堪え難い屈辱であった。その苦しみから逃れるために、彼女は信奉する神を祝祭の神コミュスから、酒神バッカスに鞍替えしたのだった。

　酒に溺れる日々に、彼女は何を求めていたのだろう？恐らく、己は二人に自分を見て欲しいと願っていたのだ。本当に、それだけだったのだ。彼女はそれを認めざるを得なかったが、そのためにどうすればいいのかは分からなかった。かつて人々を熱狂させた美貌以外に、自分は何を与えられるというのだろうか。どうすれば彼らを自分に振り向かせることができるのだろう？

　「…ライ！」
　彼女は恐る恐る、しかしはっきりと、二人の名を叫んだ。
二人は振り返らなかった。

後書き

お題はＤＢやＶＳより。あれは薬物で見た夢の話ですが。しかし作品はECというかDYKというか。ジェイママの話です。

彼女について分かっていること…過去のマルディ・グラの女王でアル中。夫は愛人こさえまくった挙句に病死、息子は引きこもりで大酒飲みで母親に早く死んで欲しいと思ってる…から、こんな感じになりました。

DYKで、「ライ」「ミニー」と、旦那とあだ名で呼び合う様が何となく可愛かったので採用してみたり。そして息子は父親と同じ名前ですから。…やはり混乱しないのか家族。

2007年1月29日