夜深く、川岸に車を止める者があった。その黒い影は静かに、細い躯―ジェシーの骸を抱きかかえて川辺に立った。
新たな生命を産み落とし、彼女自身の生命を失った娘。まるで、彼女自身の生命を赤ん坊に与えたかのように。しかし実際は、無理に奪われた命なのだ。異種族の子供を産んだばかりに、無惨に奪われた命だった。人間の子供を産んでいれば、こうはならずにすんだのに。あの晩、自分の店にいたばかりにと、クリスチャンは彼女の死が自分せいであるかのように感じていた。
彼が味わうことの無かった血も命も流れ出てしまった空っぽの身体。それを、彼は静かに川に流した。この光景自体は見なれたはずなのに、特別な感慨が湧くのを彼は止められなかった。もう何ヶ月もの間、彼が養ってきた身体、洗ってやった髪、暗い瞳も内気な笑みももう見ることはないのだ。
人間の死など、これまで何度も経験してきてすでに慣れっこなはずだった。しかし仲間の子を産み落とした女性の死という事態に遭遇するのは初めてであり、彼の心を痛めるのに十分だった。彼女があんなにも熱烈に望んだように、彼の牙で彼女を蘇らせて、共に夜を歩くことができたら、どんなにいいことだろう。
又は、彼女の歯が彼を死すべき人間へと変化させて、共にこの川に沈むことができたなら。彼は後者をより願っている自分に気がついた。いい加減に厭いている生の岸に留まるよりも、できることならまだ見ることのない死の淵に身を投げ出してしまいたいと。そして、そこで彼女と一つになりたいと。
しかし、そんなことは不可能なのだ。これからも彼は、この生の岸から多くの者を死の河へ投げ込むことになるだろう。そしてこの河は、奪い、奪われる生命の行き着く先であり、また数多の生命を生み出し、生の岸へ送る豊饒の河でもあった。
一方的に奪うだけで奪われることなく、その大いなるうねりを眺めるだけで、その流れと一つになることのできない自分は、生と死の輪から隔絶された、とてつもなく孤独な生物であると彼は思わずにはいられなかった。
後書き
お題はポピーＺ作品のそこかしこ、特にＬＳ、ＥＣから。
作品はＬＳ。ジェシーが死んだ直後で根暗度MAXのクリッシー。
2007年3月3日