原作を読んでて疑問に思った点や、解釈に困っている箇所等を挙げ、当方なりの解決や解釈の提示を試みるコーナーです。正解では全くないのでご注意。そして、志向が偏ったりネタに走ってもご容赦を。
第一章P45「逮捕される何年も前、若い女性を毒牙にかけたアメリカの殺人鬼の写真をいくつかの新聞で見たことがある。どれもそれぞれ数ヶ月以内の写真だが、写真の下に名前がなければ、それぞれの写真が同じ人物だとは気づかなかっただろう。彼は顔の輪郭や、目の形、その骨格を自在に変えることができるようだった」と、アンドリューが言及している人物のことですね。
そいつは、きっと恐らく多分、犯罪史上に名を残すエリート連続殺人鬼「テッド・バンディ」（1946〜1989）のことと思われます。
IQ160の秀才で、似たようなタイプの若い女性（長い髪を真ん中で分けたお嬢様タイプ）ばかりを連続して惨殺したシリアルキラーです。犯行そのものは陰惨ながら、二度にわたって派手に脱獄劇を演じて見せたことから、一種のダークヒーローとして伝説化した人物でもあります（『性と暴力のアメリカ』にもありましたが、どうもアメリカの民衆は警察を出し抜く大犯罪者を、何故だか英雄視してしまう傾向がある模様です）。
アンドリューが名前を出さなかった…というよりポピーZが名前を書かなかったのも、アメリカの読者に対しては言わずもがなというか、バンディの名前を出すのも野暮という、暗黙の了解があったからではないでしょうか。でも日本ではそこまでの人気（と言うのも変ですが）がある人物というわけではないので、このへんの文章はシリアルキラーマニアでもない日本人読者には厳しいところかと思われます。
そしてアンドリューの言う、バンディの百面相についてはサイト「殺人博物館」さんの写真を見るのが、どんな説明よりも一番手っ取り早いと思われます。百聞は一見にしかず。
第一章Ｐ19、アンドリューが自分の誕生について、首に臍の緒を巻き付けて生まれた、 と言及している件についてですね。作中ではそれに続けて、自分の被害者達についての話になっていて、特に重大な意味があるようには見えない話題です。
しかし、連続猟奇殺人鬼の中には、同じように窒息して生まれた者がそれなりの割合で存在し、その酸欠による脳のダメージが、その殺人を引き起こした一要素ではないかといいます。かといって脳にダメージを負った人全てが殺人者になるわけではなく、殺人者の誕生は、脳の中でも共感を司る部分の破損と関係が深いとも言われます。…そこがどこなのかはよく分かりませんが（脳障害と殺人の関係についてはサイト「+MONSTERS+」さんに詳しいのでそちらへ）。
そうすると作者はアンドリューを、成長段階でのトラウマなどとは関係のない、生来の殺人者として描くために、この短い文章を挿入したのではないでしょうか。その殺人嗜好は誰のせいでも無く、生まれながらに他の人間とは違う魂を持ったモンスターとして。
それまでジェイがかなり執着していた、少年の写真（表・ヌード/裏・拷問解体）の趣味が、アンドリューと会って以降全く作中に登場しなくなる件ですね。
それを考える前にまず、第九章でトランと別れて、殺人欲求が異常に募ってしまったジェイの行動を見てみましょう。医学書や解体写真を眺め、それでも満足できずに奴隷小屋で屍体損壊し、それでも治まりきらなかったので獲物を求めて酒場に行き、アンドリューと出会うのでしたね。
つまりジェイにとって解体写真は医学書と同様、孤独が原因で生じる、どうしようもない殺人衝動を鎮めるための、下位の代替物だったのです。
そして、アンドリューと暮らし始めてからのジェイは、孤独でなくなったためか、これまでのような発作的な殺人衝動を見せなくなります。彼にとって殺人や屍体損壊は、深い孤独を慰めるための切実な手段ではなく、アンドリューを愉しませ、自分も共に愉しむゲームとなったようなのです。
そうなると、アンドリューの采配＆プレーを邪魔しかねない写真撮影というのはし辛く、また、する必要のない行為となり、そのため物語上から姿を消したのではないでしょうか。
…などと頭の半分では解釈しながらも、その一方ではお気に入りの残酷写真をアンドリューに披露＆嬉しそうに解説するジェイ、という、作中には無い場面の妄想を脳内で描いてたりもします。どうだかね。
しかしこの回答では、表の少年ヌード写真への欲求も失せたことへの答えになってませんな。
…トランとの件を見るに、ジェイの美少年ヌード写真撮影に対する欲求は、その少年への所有欲と密接な関係があるようです。あくまで、美しい外見に対する関心が主で、それを写真におさめることは、それを物質化して手元に置くための手段の一つということでしょう。
そしてその関心は、同じ嗜好を持つアンドリューと出会い、お互いの内面を吐露し合い、共感し続けるのに夢中になり、魂の交流の喜びを知ってしまったジェイにとっては、もはや意味の薄い、追う価値のない物になってしまったのではないですかね。
そのアンドリューは撮らないのか、という疑問については…アンドリューにモデルとしての魅力が無いわけではなさそうですが、ジェイにとっては被写体としてよりも、話し相手としてのアンドリューの方がより大事、なのでは。アンドリューに所有欲を抱いてもいないみたいですし。
これも、ジェイが人間に対して、今まで静物としての興味しか抱けてなかったのが、アンドリューに会って初めて、動き、話し、独自の意志のある存在として他者を認め、愛せるようになったことの現れなのやもしれません。トランとのやりとりでもその萌芽は見られましたが、それをより明確にしたのはアンドリューかと。
第九章、小便しに男子便所に来たジェイと、放尿後のアンドリューが激しく恋に落ち、そのままジェイの家に向い、その中で殺し合い→和解を経て恋人同士になった件についての質問ですね。
…何処へと言われても。確かに、用を足しに来たはずが、せずにアンドリューとイチャつきだしてから、ジェイ宅で二人が就寝するまで記述がなく、その尿意の行方は杳として知れません。
それどころでない事態に少しはその意欲は引っ込むとしても、あまり溜まったままだと物理的に危険があり、ジェイの身体が心配されるところです。
文章として書かれていない部分で便所に行って排泄したか、もしくはあの尿意云々が、その後のアンドリューへの口説き文句？につながる前フリなだけで、本当はそれほど切羽詰まってはいなかったのかもしれません。
後者とすると、彼らの出会いはお互いの尿意が結んだ偶然の奇跡というわけではなく、ジェイがかなり意識的にアンドリューを狙い、うまいこと引っかけたものであると言えそうです。狙った理由は、独りで行動している観光客＝比較的安全な獲物、という現実面のものでしょうが。
第十一章、ジェイが、トランが勝手に冷蔵庫の中身に手を付けたことに気づかず、肉に関してアンドリューがやったのかな？と軽く疑う件についての質問ですね。
そうなんですよ！独り暮らしの家の冷蔵庫の中身が減ったら、すぐに気づくと思うんですがね。マスタードとマヨネーズはともかく、パン二枚とミルクは無くなってたら、少しは不審に感じるのではないかと。
それが、数日経ってやっと気づくも肉の皿にしか違和感を感じず、しかも、「アンドリューかな？」とか思っちゃうあたり、ジェイはトランが冷蔵庫を開けてサンドイッチ作って喰ったことに、全く気づいてないようです。気づいてたらそこから、肉に手を付けたのがアンドリューでなくトランだと判るでしょうし。
トランは「少しくらい食料をくすねてもジェイは気にとめないだろう。」（Ｐ193）と推測して、冷蔵庫から失敬したわけなのですが。それは「ちょっとご飯失敬しても、金持ちだし許してくれるさ」という意味であり、決して「食料が減ったことにも気づかないさ」ではないと思われます。両者の間の距離は、結構大きいものがあるかと。
これは、許してくれる以前に、失敬されたことにも気づかないくらいにジェイの富豪レベルが高くて、トランの想像を遙かに上回ったということなのでしょうか。
この、冷蔵庫の中身が減ってても気づかないというのは、それだけジェイの生活に余裕があり、かつ生活上の些事に神経が回っていないことを示しているのかもしれません。
第七章の、トランがジェイの家に押しかけて抱かれたがった件についての質問ですね。
結論を言うと、ダメです。なぜならば、トランは伝説の「性別＝受」という生物だからです。
この生物が相手を攻めるという事態は、例え天地がひっくり返り、星々が泣き、銀河がひび割れ、その隙間からアンゴルモアに乗ったノストラダムスが来襲しようとも絶対にあり得ないのです。
…少し真面目に考えても、初めての恋人・ルークとの関係からして、「肉体関係を持つ＝自分が抱かれる」ことであると、彼の中で固定化されている模様です。恐らく、相手を掘るという発想自体が、彼の脳内には存在しないのではないかと推測できます。
そして人間、発想できないことは普通、意図しようったって出来ません。そんなわけで、トランはジェイに好意を持ちながらも、その感情は「ジェイを抱く」という行動には結びつかないのです。
どうでもいいですが、ジェイ宅での彼の行動に「誘い受」のお手本を見る思いがしますね。
2006年6月11日