昔々あるところに、ニックという名の若い見習い粉ひきが住んでいました。彼は老いた裕福な粉ひきに雇われて働いている、三人の少年の内の一人でした。その粉ひきには妻も子どももいませんでした。そして他の二人の見習い粉ひき、サイモンとオリバーはどちらが粉ひき場を継ぐかを言い争っていました。ニックはその口論にほとんど関心を示しませんでした。彼も他の二人と同じくらいよく働いていたのではありますが。粉ひき場の眠気を催す動き―囲いの外まで降り注ぐ穀粒の黄金の嵐や、巨大な石臼を挽く逃れようのない仕事―のために、彼はいつも密かに疲れていました。
ある日、粉ひきはサイモンとオリバー、そしてニックを呼び集めました。
「少年達よ、儂は年老いた。儂が死んだなら、一体誰がこの粉ひき場を継ぐことになろう？」
サイモンとオリバーはその言葉を遮って、互いに言い争い始めました。粉ひきは手を挙げて、二人に静かにするよう言いました。
「儂はこうやって決めようと思う。儂に、最も素晴らしい馬を持ってきた者を後継者にしようと。儂が余生を、田舎で馬に乗り馳せ廻って送ることができるように。」
それは大いなる気晴らしでした！サイモンとオリバーは彼ら自身をはしっこい機知に富んだ道楽者と捉えていました。よい趣味とツテを持ち、社会的なエリートの中にある道楽者だと。彼らは駿馬を獲得するために大金をつぎ込むことでしょう。誰も、ニックのことを考えたりはしませんでした。彼は賢いとみなされるには、あまりに静かすぎるのでした。彼は十七歳という年の割に背が高く、整った容貌をし、紫の月のような目をしていました。彼はどのような機知の証や、ツテをも見せたことはありませんでした。彼はその給金のほとんどをインクと画用紙に費やしていました。そして際限なく猫の絵を描き続けました。炉辺で笑っている年老いた雌猫、枝の上で鮮やかな毛皮を波立たせている豹、暑い草原にいるライオン。
しかし、サイモンとオリバーが従者付き駅馬車で街に遠征する時、ニックも彼の荷物を持ってお伴しました。粉ひきのもとに留まり、雇われているよりも、ましでしたから。
オリバーは最初の晩に、薬を入れたワインをニックに飲ませました。そしてニックが目を覚ました時、一団は彼を置いて先へ行ってしまっていました。ニックは酷い二日酔いに苦しみました。ニックは、自分がいるのが街の外れなのか、よく分かりませんでした。ニックは確かそうな道を歩くことにしました。
しかしすぐに道は狭くなって、悪臭がぷんぷんする行き止まりに続く、くねった裏通りに出てしまいました。ニックは今来た道を戻ろうとしました。すると、行く手に見事な黒猫が一匹、座っていました。それを見ても、ニックは全く怖くありませんでした。彼はしゃがみ込んで黒猫の頭をなでました。
「こんにちは、色男くん」ニックは言いました。その黒猫は雄らしかったので。
「なんでこんな汚いところにいるんだい？」
「こんにちは、ニック」黒猫は言いました。
「私はお前に会いに来たのだよ。お前が道に迷っているのが分かったからね。私の背中を撫でておくれ」
黒猫は、光沢のある、引き締まった背中をニックの手に差しのべました。
ニックは猫が喋るのを、生まれて初めて耳にしました。しかし、きっと他の街では当たり前のことなのかもしれない、と思いました。そう思うと、猫そのものを思うといつも楽しくなるように、ニックの胸はワクワクとするのでした。
ニックはその猫を撫でました。猫は、尻尾をニックの手に巻き付け、喉を鳴らしました。
「私はお前が何を探しているか知っているよ」猫はそう言いました。
「お前は馬を探しているのだろう？私はお前が馬を手に入れるのを手伝ってあげられるよ」
「どうやって？」猫のベルベットの房のような耳を掻きながら、ニックは尋ねました。彼はもう、馬よりも猫に興味津々でした。
「ああ、気持ちが良い」ニックの手に首を伸ばしながら、猫は言いました。
「見てのとおり、私は猫の王だ。お前がやるべきことは、七年間私の忠実な召使いになることだ。それが終われば、私はお前に厩舎の中から馬を選ばせてあげよう」
「本当なの？」ニックは不思議に思いました。確かに世界中の全ての猫は、自分を猫の王や女王と信じているように見えました。しかし、ニックはこの美しい生き物に従うより他に、どうしていいか分かりませんでした。だから、彼は猫に従うことにしました。
ニックは猫に従って、迷路のような通路や、滴がぽたぽた垂れるくねった回廊を歩きました。彼らは街を離れ、今や森の中を歩いていました。ニックは木々を見るのを止めることができませんでした。
彼は時折、街の香りを嗅ぎました。それは、スパイスの香りのような、食肉処理場の悪臭のような匂いでした。ついにニックと猫は広場や開墾地のような広い場所に出ました。そしてニックは、目の前に広がった光景に驚いて息を呑みました。
黄金の扉のついた巨大なオニキスの城が建っていて、その扉の前にはほっそりとしたシャム猫のペアが控えていました。シャム猫たちのクリーム色の毛皮は脚と尾と顔、そして耳で深い銀青色に薄く色づいていました。彼らの目はサファイア色に澄んだ青で、少しやぶにらみ気味でしたが、賢さが炎のように輝いて見えるようでした。
王を見るとすぐに、彼らは喋り出しました。彼らの大きな声はお互いを邪魔し合っていました。
「王様！王様！」
「ご不在の間、どんなに寂しかったことでしょう―何をお持ち帰りになったのです？」
「その少年は誰なんですか？」
「その子の名前は？」
「生まれは？」
「今すぐ、教えて下さいニャー！」
「その時になれば、知ることになるだろう」王は囁き、彼らを押しのけて通りました。手短に、その毛深い黒い尾をシャム猫たちの長い、鞭のような尾に絡み合わせながら。ニックがついていくと、ペアは分かれて彼を通してくれました。
「彼らはナオとラオと言って、私の城の番人だ」王はニックに説明しました。
「お節介ではあるが、忠実で優しい者たちだ。そしてどんな侵入者を相手にしても、威嚇して追い払ってくれる」
その夜、ニックの前で繰り広げられたのは、もの凄く盛大なお祭りでした。
御馳走は、柔らかい肉、脂ののった魚、甘いクリームの載った皿、歯の間でうっとりするような音をたてる骨をした小さな鳥のフライといったものでした。
城の中に人間は全くいませんでした。どこを見てもいるのは、猫や子猫だけでした。猫達は皆小綺麗で、気位が高いのでした。祭りの後、猫達は王の巨大なダイニングルームで演目を演じました。ジャグリング、アクロバティックな跳躍、歌、金メッキされた天井近くに張られた網の上での軽快なレース。食事とワインの量と共に、それら全てにニックは頭がくらくらしました。
飲み騒ぐ客達がてんでに連れ立って帰り出すと、黒猫の王は輝く黄金色の目でニックを見つめ、近くの誰もいないホールに行くように合図しました。そこは灯りが燃え尽きて、ほの暗くなっていました。
「少年よ、私と踊っておくれ」王は言いました。
「僕、猫とは踊れないよ」ニックはやっとの事でそう言いました。彼のお腹は肉とワインでぱんぱんでした。
「今までそんなこと、やったことがないもの」
「わかった。それでは」王は言いました。「彼をベッドに連れて行きなさい」
ナオとラオが、どこからともなく現れました。彼らの繊細な外見はニックを落ち着かせました。ナオとラオはニックを城の奥の小さな、静かな寝室に連れて行きました。一匹は器用な前足で彼の靴を脱がして、もう一匹は彼のシャツとズボンを脱がせました。ザラザラした舌が頭から足先まで舐め取って洗い、ベルベットのような尾は優しくニックの顔を撫でました。
ナオとラオが退出すると、ニックはすぐに眠りにつきました。
夢の中で、何者かが彼の首の後ろを掴んでいた。大きな、墨のように黒い猫のような男がニックの顎を掴み、剃刀のような爪で彼を切り裂き始めました。
ニックは叫び声を出そうとしましたが、声が出ませんでした。ニックは不思議と落ち着きの中に漂っていました。
痛みはありませんでした。ただ、壊されて血を流し、引き裂かれるという、素晴らしいエクスタシーだけがありました。その猫男は彼の尻の穴に突進してきました。何か手一杯のよくぬめるナイフのようなもので、ニックの内部を掘り進んでいました。その生き物の筋肉は、黒く波打つ毛皮の下の鋼の束のようでした。ニックは貫かれ、突き刺されました。彼は血を流し、何か人間でない者が抱きしめるのに抗って、死んでしまうだろうと思いました。
それにしても、なんと気持ちが良いのでしょう！
ニックは朝、下腹と腿に、冷たくなった自分自身の精液の筋をつけて目を覚ましました。彼は眠っているうちに自分自身を噛んで、引っかいたのに違いありません。ニックは身体中、赤い痣だらけでした。それは、ニック自身では届かないと思えるところにもついていました。
ニックは身震いしました。それは、恐怖が半分、そしてあと半分ははらわたの中にうずくまる快楽のためでした。そして再び眠りに落ちました。
猫の城での生活は楽しいことでした。昼間は、お互いの毛繕いや、気だるげな伸びや、高い棚の探検や、窓の敷き枠の監視に費やされていました。夜の時間はより真剣な、狩りや食事のためにとっておかれていました。どの猫も子猫も、城の庭の果て、最も高い鐘塔まで追いつめた物を落とし、それから戻ってくるのでした。猫達の中でも、王はいつでも一番乗りでした。
ニックは、猫には難しいと思われたり、猫達がつまらないと思った、役に立つ少しの雑用をこなしました。そこには馬や厩舎がある様子はありませんでしたが、ニックは王に約束を無理に守らせるつもりはありませんでした。その労働は、粉ひき場を走り回るよりも楽しい仕事でした。あの夢は何度も何度もやってきました。時に、より暴力的に、時にそれほどでもなく。ニックは一度も夢のことを王には話しませんでした。しかしニックはベッドに入る時、夢の猫が来てくれるのを待ち望むようになっていました。
ある冬の夜、外で雪の塊が月に照らされミルクのような光を放っている時、ニックは大きな猫男が彼を包んで丸くなっている夢を見ました。その男は魂の奥から喉をごろごろと鳴らしていました。
次の朝、王はニックに言いました。「お前がここに来て、七年が経った」
ニックは王が言ったことを、ほとんど信じることができませんでした。その時が経つのは、四季の一巡のようにあっという間でした。しかしニックには王の言葉に疑問を差し挟むことはできませんでした。
「まだお前は、私の名馬を連れて、粉ひき場に帰りたいと思っているのか？」
ニックは、自分がそう思っていないと分かっていました。彼はもう、粉ひき場のことを気にかけてはいませんでした。しかし七年もの間、猫達の厚意を楽しませてもらったのだから、これ以上ここにいるべきではないと思いました。
「お心のままに」ニックは言いました。
「よろしい。では、帰る前にもう一つ、私のためにやって欲しいことがある。
城の近くに、小屋を一つ建てておくれ。木材や道具は準備して与えよう。それがお前の最後の勤めだ」
ニックは小屋を建てる準備をしました。なぜ王が、小屋を建てて欲しがっているのかは分かりませんでしたが。次のお客のためだろうかと、ニックは思いました。そう思うと、嫉妬に胸が痛むのでした。
そうではありましたが、ニックは建築の仕事に没頭しました。ニックはハンマーを打ち、木を刻みました―木工細工の才を生まれ持ったかのように。すぐに、彼は軒に猫のガーゴイルがついた、可愛い小さな家を完成させました。渦巻き模様が猫のような曲線を描き、百もの窓には日なたぼっこ用の広い土台がついていました。
「お前は、よく働いてくれたね」王は言いました。
「私の厩舎へ行こう。そこでお前は馬を選ぶと良い」
ニックは大きな黒猫について、城の、これまで見たことのない場所に行きました。厩舎の戸の前には、一匹のヒマラヤンが守りを固めていました。長い密生した毛皮は非の打ち所無く手入れされ、円いアイスブルーの目は彼らがやってくるのを厳しく見ていました。その猫は口をききませんでしたが、王にお辞儀をして下がり、ニックが入るのを黙認しました。
王の厩舎にいるのは、ニックはこれまで見た中でも最も素晴らしい馬たちでした。それらは、どんな王にも似合うであろう、輝く駿馬でした。よく考えた末に、ニックは逞しい栗毛の馬を選びました。そのたてがみと尾には、赤いハイライトが波打って見えました。
「よくぞ選んだものだ」王は言いました。「私はこれをヘルと呼んでいる。お前は粉ひき場まで歩いて帰り、そこで待っていなさい。自分がどこで過ごしたのか、誰にも言ってはいけないよ。この馬は三日後にお前の元に届くだろう」
ニックは王に感謝し、最後にその輝く毛皮を首から尾まで撫でました。王はニックの手に向かって身体を伸ばしました。ニックは喉に塊を感じました。
七年間も猫の仲間であった者が、再びただの人間の中で生活できるのでしょうか？
ナオは、ニックの街の行けるところまで案内しました。王は七年前と同じシャツとズボンで彼を送り出しました。今、その服は、彼の、労働で鍛えられ、大きくなった身体には小さすぎました。そして服はボロボロにすり切れていました。
ニックが重い足取りでとぼとぼと歩いていると、サイモンとオリバーは製粉小屋の前でのらくらしていました。彼らの馬は近くで牧草をはんでいました。洒落者のように着飾ったサイモンとオリバーは、ニックの汚らしいぼろ服を笑い倒しました。
「ハハッ、ニッキー」彼らは嘲笑いました。
「お前の馬はどこにいるんだい？」
「三日後に来るよ」ニックは答えました。
「僕の馬は、こんなみすぼらしい小馬より、ずっと格好いいよ」
実際には、サイモンとオリバーの馬は十分に立派でした。しかし、王の馬よりは手一つ分ぐらい小さかったのです。一頭はじめじめした目をしていて、もう一頭は柔らかい蹄をしていました。それでもサイモンとオリバーは笑い続けました。彼らは、ニックの馬など絶対に来るものかと思っていました。どこでどうやって、お馬鹿なニッキーが馬を手に入れられるというのでしょう？
その夜、ニックは家の中に入ることを許されませんでした。しかし、ドアの前で食事をし、穀倉の中で眠るように言われました。干し草のベッドに丸くなったニックは、これまでにないほど深く眠りました。計り知れないほどの時間、ニックは猫男が彼の顎を掴んで頭を持ち、彼の中に入り込み、彼を自分の物にする夢を見ました。
ニックはトランペットの音と、馬が粉ひき場に入ってくる音で目を覚ましました。ニックは目もくらむような日の光に、前へよろめきました。彼は二つの昼と三つの夜を眠って過ごしたことに気がつきました。今日は猫の国から帰って三日目なのです。
六頭立ての馬車が製粉所の前に止まりました。そのラッカー塗りは黒檀のようで、馬の毛皮は鏡に光っていました。サイモン、オリバー、そして老粉ひきは、入り口に転げ出てきました。彼らは朝食の席に着いていて、物音に飛び上がったのです。
馬車の戸が開き、中からニックがこれまで見たことがないほど美しい男性が現れました。それは、彼が想像しうる最も美しい男性でした。黒と金の衣装を身に纏い、男性自身も黒と金で構成されていました。髪と肌は輝く墨のようで、冷静な輝く目もそうでした。ニックがその細く筋の入った瞳を覗き込んだ時、彼はこの男性が王であることを悟りました。彼の王であると。
王は二人の背が高くやせて、銀色の装飾品を身につけた、サファイア色の目をした従者に側を守られて、前へ大股に歩きました。従者はナオとラオでした。
王は大きな、尖った爪をした手を挙げました。馬車の周りを、ずんぐりとしてふわふわとした白い髪の毛をした従者に導かれて、栗毛の馬がやってきました。
王は老粉ひきに向かって軽くお辞儀をしました。
「我々はニックに届け物を運んできたのです」
「なんと、これは儂がこれまで見たことがないほど素晴らしい馬だ」粉ひきは階段から下りながらそう言いました。
サイモンとオリバーは、彼らがいたところに留まっていました。粉ひきは馬の口を開けて覗き込みました。蹄を交互に持ち上げ、絹のような手触りの脇腹を軽く叩きました。「粉ひき場はニックのものだ！」
王はその逞しい首を振りました。「いや、ご主人。あなたはご自分の農場をお持ちなさい。そして馬も受け取られるがいい。しかしニックは私のものだ」
彼は笑いました。
ニックは王の歯がクリームのように白く、ナイフのように尖っているのを見ました。
「ニック、私の従者達はお前のために服を持ってきている。入浴して着替えなさい。私と一緒に行こう」
ニックはナオとラオの繊細な姿が側を守っているのに気がつきました。一人は服の小包を持ち、もう一人は柔らかい黒皮のブーツを持っていました。老粉ひきと二人の見習いが驚いた顔をしている前を横切り、前へと歩み、登っていきました。製粉所の寝室でニックは入浴し、香水を振りかけられ、着替えをしました。王は製粉所の階下で待ち、全く汚れていないその爪を掃除していました。サイモンとオリバーが必死に名刺を受け取らせようとするのを断りながら。
すぐにニックは現れました。王の宮廷のメンバーにふさわしい出で立ちで。長いケープを背後に引きずり、シャツは赤いシルク、そのズボンは彼の筋肉質な脚によくフィットしていました。彼は階段を下り、王の元へ向かいました。王は満足と、ニックを自分のものにしたという誇りで一杯の笑顔で、彼を迎えました。
大きな馬車では、黒い城まではわずか数回の鼓動のうちに着きました。門を通ると、国中は歓声で溢れかえりました。城の猫や子猫たちは、今や人間の男性や女性になっていました。彼らは見事な服をまとい、旗を持ち、ペナントを高く掲げていました。彼らの笑顔は馬車の窓一杯に見えました。ニックは彼らの人間の外見の中に、猫らしい一瞬の印象を受けました。
馬車から降りると、ニックは城を見るために振り返り、ショックに息を呑みました。彼が造った小屋は、もう一つの城になっていました。精巧な装飾や色のついた泉のある、白いウェディングケーキのようにそびえ立つ城に。巨大な正面ドアは大きく広がり、王とニックは真珠とダイヤモンドで飾られた廊下に入りました。
「ここは私達の家だ」王は言いました。
「今なら、私と踊ってくれるかい、ニック？」
ニックは言葉無く肯きました。王は筋肉質な腕に彼を包み、鋭い牙でその喉を噛み、何度も何度もキスをしました。その剃刀のような爪で、ニックの背中を優しく引っかきながら。ニックは身震いをして、屈服しました。彼はその夜踊られた多くのダンスの始めに、裾を引いてフロアを横切りました。
新婚のベッドで、王はニックの中に彼自身を深く埋めました。彼の首の後ろを噛みながら―丁度、ニックの夢の中の猫男がしたように。ニックは呻き、自分の中にきつく王の大きな性器を感じていました。彼の背中の肌が裂かれ、血が王の爪の下に零れるのを感じながら。
「お前は私のものだ」王は喉を鳴らしました。自分の爪を胸に当て、自身の黒檀のような肉体に血のＸ字を刻んで。
「お前は私のものだ。私のものだ」
王はもたれかかってニックの耳に囁きました。彼らの血は、銅色の滑らかな血だまりで混ざり合いました。
「お前は私のものだ。私のものだ」
そして彼らは幸せに、九回もの生を生きたのでした。
（了）
●King of the Catsについて
短編集Are You Loathsome Tonight?に収録されている短編。親友のデヴィッド・ファーガソンとの共著になり、元は"The Poor Miller's Apprentice and the Cat"という題名でHappily Ever After(1996年)に掲載された作品である。
グリム童話の「貧しい粉ひきの若者と猫」の異性愛ストーリーを同性愛に読み替え、「ゲイのためのお伽話」というコンセプトで書かれた、猫好きな人間の少年と黒猫の王による雄同士の異類婚姻譚。日本では猟奇的なホラー作家として知られる彼女の牧歌的な一面を紹介したく、翻訳を試みた次第。
後書き
おとぎ話なのに激しいガン掘りエロシーンもですが、二人が踊るシーンをポピーＺは書きたかったんじゃないかなーと思います。原典には踊るシーンなくて寂しいので。
2008年8月31日